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定時制の授業にはまだ早い。
しかし行くアテもないから取り敢えず学校に行こうか。
そう思っているのかいないのかとても微妙な、うだつが上がらない状態のまま、真樹はなんとなく学校まで来てしまった。
さぁしかしなぁ、学校のどこへ行こうか。なんとなく文杜やナトリに今は会いたくない。知り合いに会いたくない。今自分は酷く憂鬱で不安定だ。
考えてしまう。とめどなく。哀しいこと、苛立つこと。寂しいことを。たまに陥ってしまうことがある、ふわふわした日。
何がそうさせるのかはわからない。自分の中にある根底の、諸悪がなんなのか。
ふとケータイを見てみる。文杜やナトリや、どうやら西東さんからも着信はあったらしい。だからあの人、来たのか。
そう言えば今日は、一緒に二人と昼をすごそうと思っていたんだけどなぁ。
校門から学校に入りぼんやりと上履きを履いて。背中にいくつかの足音を感じた気はする。
「おいチビぃ」
不意に背中で、上から声が降ってきて。
明らかに自分に向けられている。多分敵意がありそうな声色。なんだ、誰だろうと振り返れば。
ボンタンに前開け学ラン。多分上級生で。
「てめぇこの前はよくも…っ」
「あっ」
その後ろから出てきた、オールバックではないが茶髪の、前髪流してる系男子。
あれ、こいつの方はどっかで見たことある気がしなくもないが気のせいかなぁ。
考えて、
思い出した。
自殺した上級生をトイレで苛めてたヤツのうちの一人だ。名前は忘れたが凄く執拗に迫ってきたヤバイやつ。
思わず硬直した。
こいつすげぇ小物なクセに頭おかしいからタチ悪いんだ。現に今頃こうしてここに来ているわけだし。
真樹がそいつを見上げて、しかし少しのプライドがあり睨んでやる。
それに上級生、北郷《ほうごう》はにやっと笑い、連れていたボンタンには構わず前でしゃがみ、覗き込むように見つめてくる。
ふと北郷に手を伸ばされ輪郭をぐいっと掴まれた。食い込みはしないが、少し力がある。
にやけながら目を捉えてくる北郷に対し真樹の本能的な何かが働き、とっさに殴ろうと拳が出るが取られてしまった。
「やっぱ、生意気でいいなお前」
首を傾けてじっと見つめながら言われたその北郷の目が、真樹にはラリってるようにしか映らない。こいつ、本気で頭はヤバイかもしれない。
拳は自分から振り払って拘束を解く。
だが自分の父親ほどのラリったヤツ、なかなかいないもんなんだなとふと思った。
しかし北郷に、アレを連想したのは事実。
余裕ぶってやろうとまず真樹が思い付いたのはタバコだった。ソフトパックを取り出してひょいっと一本抜き出し、火をつける。煙を吹きかけてやれば相手は顔をしかめて。
だがすぐにまたにやけ顔で立ち上がった。かと思いきや中腰状態で、タバコを持っていなかった左手首を掴まれ、引っ張られる。
肩外れる。そう思って真樹も反射的な動作で立ち上がると、「よっちゃん、指導室開いてんだよなぁ?」と、北郷がボンタンに訪ねた。
「開いてんじゃね?」と、興味がなさそうに答えたボンタンは真樹をチラ見して、二度見した。
それからじっと見つめ、「はぁ、なるほどな」と呟く。
「一年か。運が悪いなお前」
「あにがぁ?」
「まぁ、可哀想にな。
北郷、俺パス。俺彼女に絞め殺される」
「別にいーよ。ただこいつ狂暴なんだよ、俺死にかけたから」
「めんどくせぇな、俺をなんだと思ってんの?」
「トモダチじゃね?」
「勘弁しろよ気持ち悪い」
「だがこいつの仲間が族入ってんのは間違いねぇぞ」
「わーったよ」
めんどくさそうにボンタンは先に廊下を歩き始めた。
そのまま北郷に手を引かれるので、真樹はタバコをその場に捨てて上履きで揉み消し、その手を振り払った。
北郷が振り返ったのを見て、真樹は再び一本取りだし、口元を隠すように手で覆い、一口吹かして嘲笑ってやった。
「なんのつもりだ、あんた」
「は?」
「なに考えてんのかってきぃてあってんだろ、あんだよ、タイマンで来れねぇであにしよぅってんだ」
どうやらこのチビ。
気はやっぱり強いらしい。
「お前、バカなんじゃねぇか?」
「だがあんたほどラリってねぇよこの変態インポ野郎」
それを聞いたボンタン、間を置き、腹を抱えて笑い始めた。
「おもしれぇな、一年」
「笑ってんじゃねぇよ吉岡《よしおか》ぁ。
ぶっ殺してやるクソチビ」
「インポ改善かバーカぁ!」
真樹はタバコを、北郷へ向けて投げ捨てた。
それが導火線に火を着けたらしい。
下駄箱から教室フロアへの外廊下、フローリングに落ちたタバコを、北郷は真横の地面へ蹴っ飛ばす。そして勢いよく真樹の胴体を目掛けて突進。
まさかの位置に困惑はありつつも真樹は身軽に漸く避けた。
が、左足を掴まれ体勢を崩し「えっ、」と、真横、外へ落ちる、と思った瞬間。
なんとボンタン吉岡、真樹を姫様キャッチ。
は?
宙に浮いてますけど俺、ってボンタン、マジか。なにこれ、漫画なの?
思わず「うわっ、」とか言いながらボンタン吉岡の横っ面を思いっきり真樹はぶっ叩いてしまった。バシン、とわりと響く音がした。
ボンタン吉岡、反動で首は振ったが真樹は叩いた手首が痛い。多分頬骨、ぶったっぽい。
振った首をあっさり戻されてしまったあたり、ヤバイ、ただ者じゃないぞボンタン吉岡と唖然。
ずっこけてまで真樹の足首を掴んだ張本人、小物北郷は「よくやったよっちゃん」と、制服をぱんぱんと叩きながら立ち上がる。
頷いたボンタン吉岡はそのまま、教室フロアへ歩き出した。
なんだこれは。
てか俺って今。
超ヤバくね?
まんまと罠にハマる真樹であった。
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