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 それから。

「バイトぉ?んなもんは今日は腹痛いに決まってんじゃん」
「俺は文杜がこんなんだからちょっと迷ってたんだけどどー思います?ジャパニーズ雇い主的には、しゃっちょさん」

 と稼ぎ頭二人が抜かしやがり、正直唖然とするしかない。

「えっ、待ちなさいよ君、腹痛いの?」
「腹痛いっすよもーだって考えてよ、俺がヘタクソバンドを案内してる間に真樹がクソくだんねぇ猿男子になんかされたら俺ゲロその場にぶちまけるわ、あ、いいんじゃね?お通ししまーす」

 そう文杜が言った瞬間、突然一之江、「ごぶぁっ」と咳払いをして顔面蒼白になり急に胃を押さえ始め、真樹も、「う゛っ、腹っ、」と、またソファーに座り込んで踞るもんだから。

「はっ、え?なに?は?待て待て、お、ま、ちょっ、俺もしかして」
「待て文杜、まだ暴れんな、な?」
「え、え?俺泣きそうなんだけどナトリど…。
 は、腹痛ぇえぇぇえ」
「違う違う違う!栗村違ーう!おまっ、あぁクソめんどくせぇな貴様ら」
「説得力ねぇよねぇ!?」
「まぁわかるよ言いたいことは、けど違う、俺むしろ良いことしたからマジ」
「はぁ!?なに!?」
「だからなんで思考回路がなんかこう…なんなのお前っ!」
「いやいまのは多分よーちゃんが悪いと思う…」
「僕もそう思う。文杜くんはなんかベースと、プラス人生本出したらよくね?」
「えなにそれうぜぇ嫌だ」
「西東さん、俺それ賛同だわ。
 あでも西東さん、多分文杜バカだからやめた方がいいと思う。英文しか書けねえよこいつバカだから」
「なにそれ僕よくわかんない君たち」
「うん。バンド名考えたの文杜だよね。俺読めなかったからカタカナにしてくれたー」
「えなんていうのそう言えば」
「え今更?
 あれなんだっけ」
「…最低だな真樹。お前一回頭打った方がいいよマジで。
 エキセントリック・レイン…」
「違ぇよバカハゲ死ね台湾。
 エレクトリック!レインボー!
 え二人して覚えてくんなかったの?意味までレクチャーしたのに?
 てかエキセントリックのが意味使わないでしょ台湾!」

 ナトリ、真樹、二人揃って「あぁ!」とハモる。

「じゃ愛称決めたらいいんじゃない?“でんにじ”とかどう?」

 「えぇ」だの「やだぁ」だの「だっせぇ」だの総批判を食らう西東、苦笑。

「つかなんだろ、俺的にその愛称、『Vテン』くらいの破壊力を感じたのは語感のせいか?」

 ふと一之江がそう言ったことにより、4人一斉の視線を浴びた。そして西東、一言、「なんたるエキセントリック!」と叫ぶ。

「凄いよ凄いよ君たち凄い!頭に残るよ“でんにじ”!
 よっしゃこのまま行こう。ほらほら英語は略せば“エレキレイン”!かっけぇやん、気に入った!
 文杜くんナイス!君ってナイスセンス!でんにじ、うんでんにじ。やべぇこれで大人のおもちゃも開発」
「だから嫌なんだってぇぇ!」

 開発者文杜、抗議。そしてクールに一之江、西東をぶっ叩いた。

「ちょっとちょっとぉ!セクシャルヤバい人が僕を叩く権利ないよね!つか傷害罪で」
「500はなしだ」
「人でなしぃ!こいつらの未来どないすんねん!」
「泥水|啜《すす》ればぁ?多分こいつんとこよりどこも楽だぜ」
「死ねクソ医者ファック!僕が死んだらお前呪うわ!」
「あり得るやだ」

 そんな二人の漫才を見て。

 やべぇ。
 こんな大人になりたくねぇ。
 さっさと頑張ってちゃんとせねばと、文杜とナトリは思ったが。

 真樹は。

「やべぇな」

 そう言って笑った。
 あれから、多分初めてかもしれない笑顔で。

「わかったよ。頑張ろ、文杜、ハゲ。
ごめん今日さぁ…。
 色々あって、なんかよくわかんねぇ金持ち女学院の女ん家行ったり、学校来てその、なんだ、色々あってまぁよーちゃんに助けられたりして俺、いまに至るわけ、もう情緒とかガバガバだよ。でももーいーや。
 テキトーに頑張る。ちと緩めに。じゃねぇと、どうやら…」

 一度俯いて、
 そして上げた顔は、歯を食い縛るようで。はっきり言って、可愛くないけど。
 次に笑った真樹の顔はまぁ、憎たらしくも綺麗なもんだと、誰もが思った。

「死んじゃいそうになるから。俺まだ人でなしじゃいらんないの、ガキだし」

 その一言に。
 隣に座っていた文杜は思わず、全てを押し殺し、ただ、ただ真樹を緩く抱き締めた。

 そうかと。
 踏ん切り、これなんだと。
 漸く見えてきたような気がして。

 文杜と真樹の気持ちが見えてしまったナトリもいたたまれなくなり、ただ黙って二人の肩を抱いた。

俺は全ての方向を決め
俺はそれを引き出して
俺はそれらを叩き起こす

 未来なんて、そうやって出来ていくもんなのかと、漸く、夢だけでも観れた気がして。

 もしかするとあの頃にそれを照らしてくれた光がなかったのかもしれない。
 光が照らされてみれば道が、多分今は薄暗いけど、足元だけ本気で見えた。

「じゃ、本気ならやる?」

 西東の一言に。
 頷くことはしない。

 だってそうだ。光は足元だけなんだ。
 Rockerは、そんなもん。

 俺達に明日はないと始めからわかっていなければならない、西東だって、鳥の囀ずりに行き先を聴いてみただけの話だと、わかっているはずだから。

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