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 それから始まる静かな、あぁ、多分Cコードでいくのかなというダウン。ちゃらん。静かに鳴る3回スティック、

「あー、ファッけ、スクー」

 やる気無さ気に突然それを言ってしまったあまちゃんに西東は唖然とし、一之江は間を置いて吹き出した。

 歌を唄う舌足らずな真樹は凄く肩の力を抜ききっている。というかなんだ。

「陽介」
「ふ、へ?」
「あれ英語?」
「え?わかんね」
「やっぱそうだよね」

 二人で顔を見合わせ、「聞き取れない!」と指差し確認。

ーーー
迷惑で うるせぇなぁ
喝采に 鬱いでいる

空をなくしたホリゾント
虚空な哀愁が重い
サイレンにロヒプノール
夕焼けに青空が消える
ーーー

「取り敢えず陽介、僕は日本語?てかヤク中の純を観た気がする」
「ヤク中言うなや合法だわ、聞き取れたのお前」
「ところどころ。凄いクセになるねあまちゃん」
「やめろしマジ」

 曲の作りがまだ単純だが、やはりそう、あれだけうるさい外野に立ち向かっただけはある。
 徐々に観入るような現象を前にしていた。
 なにより多分これは。麻薬中毒に近いようなそう、一瞬だけ発作を沈めてくれるその、あの甘い、希望なんてあるような、ないような、でも、見放してはくれないそんな陶酔にどうやら浸れるらしいと、その時点で西東はもう、決めていた。

「擦れたガキだなぁ…」

 そう言って一之江が笑う心理。
 わかるような気が、する。今だけは、友人の気持ちが。
 自分達がそうだったから。

「そうだねぇ、」

 あぁ。
 本番で勝負掛けるってかこれ。

「よっちゃんそれでさぁ」

 見つめるのはステージ。最早兄貴のような、親のような表情の一之江。

 あまちゃんは凄くつまらなそうに、というか淡々と、にこりとも出来ずに唄い続けるくせに、プレイはまぁ、しっとりとしているが刺激的。
 それを纏めるドラムも、最早職人面の寡黙なタイプのベースも。案外イケてるかもねと思う、これは本当に。

 喧嘩売ってんなぁ、マジ。

「俺、長いこと入院するから」
「あぁ、…え?」
「まぁお前の奥さんの出産の時までには頑張るよ」

 ニヤリと笑う友人は、爽やかに。


過去に残骸を見たって 研ぎ澄ます刃物はなくて
それに温情求めても 折り返していくもんでしょう

まあ、それでいいか


「胃癌、見つかった」

 ステージを見つめ直した友人の爽やかさに。
 案外、自分はそうか。
 ダメだ。けどそうだ。
 知った被っていたかったよ、あまちゃんと。

 次の最後の曲、盛り上がって。

「あーいへい、 luckystrike の煙が
I listen marlboro の窓越し
ゆーうぇーる sevenstar に溶けたよ
夢じゃ、ないぁら 歌ってたいね
ぃみの幻 火は、もーねぇよ」

 それが一番楽しそうにプレイしていて、客煽っちゃうくらいの勢いがあって。

 あぁ、君って。
 やっぱ僕にはないなぁ、と思って不覚にも西東は泣きそうになってしまった。

 淡々とした声で司会が「エレク、トリック、レインボーさん、ありがとうございま」と、噛み噛みに言ったあたりであまちゃんが文杜を見つめ、互いに頷き合い、またちゃらーんと始め、

「学校」

 それだけ喋り、あまちゃんは一人淡々とリフを始めてしまった。

 どよめく高校生達。後に続くドラムとベース。

 メロディーが、どことなく、初期に練習したあの、オルタナの初期アルバムに、似ている。まさしく、芸術のような、学校的な。

 唄い始める最初のフレーズ。

「嫌い 空気ぃ
嫌い よぉぞらも
寒ぃ 星ぃが きるぅぇい 落ちたら

あそこっから飛び降りたら
その勇気に絶望 したんだけど
ただホントに 誤魔化して
シンプルに つまんねぇよぅ」

 泣きそうな
 ファルセット。

「あぁ、すげっ、」

 一之江が漏らす。

「マジか」
「ん?」
「いや、」

 思い出す。
 そうか真樹。つまんねぇか。

「可愛くねぇやつ…」
「へ?」
「俺、あいつ可愛くな…」

 のわりには。

「泣くか?」

 思わず口まで抑えて人の肩掴んで後ろ向いて泣いちゃうあたりよくわかんないけど、ゲロでも吐きそうなのか?
 と、友人を少し心配ながら冷めた目で西東は見る。

 届く人には、届いた。
 届かなくたって、まぁ、いいや。

 そんな気持ちで、少し。
 挙動不審ながら、しかし。
 気持ちよく唄えて演奏出来た、メンバーにとってそんなステージだった。

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