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 本番当日。
 校内は正直言って、さして盛り上がってもいなかった。

 気怠い。
 この一言に尽きる。やはり学校という枠はつまらないものだった。

 にも関わらす、この学校。素行が悪くバカな県立高校。

 文化部発表会、文化祭のようなものがあり、それは全員もれなく体育館で椅子に座ってやる、という風習であった。

「今時の高校って、こんなにつまんねぇの?」

 非常勤保険医の隣に、保護者として来校した西東がぼやいた。

「そうだよ」
「つまんないね。こりゃ僕なら引き籠ってるわ」
「えぇ?」

 小さな声でわりと響きはしないが、どこか通るような声をしている西東に。
 教員たちがちらちらと西東と一之江を見るのがわかる。西東も西東でわかっていてやっているのか、どうか。
 一之江はこんなときの対処を、なんとなく知っている。

「ふはっ、
いや、お前てゆうか引き籠ってたじゃん!」

 静かに腹を抱えて笑ってやった。西東も一之江を指しながら「まぁねーへへっ!」と笑う。

 大人はより迷惑そうだ。

「…いつの時代も日本の、狭ぇ組織はつまんない」
「でも日本人だし」
「皮肉にもね。まぁ君のせいで最近日本も、引き籠りには楽しいけどね」

 ふと、思い出し。

「君、だからカートパクったの?」

 それには流石に。

「よっちゃん、お前の声意外と通るからな。色んな意味に取れるからやめろそれ。
いや、だからってわけじゃねぇよ」
「いやどう考えても君があの子たち教育に洋楽を押さなかった理由が」
「あーはいはいはい。うるさい。
まぁ色々。まぁ色々。
いいじゃんよっちゃんミッシェル好きだし」
「えでもカート」
「だから、あーめんどくさっ。
 俺のセンス。掘り下げんなし」

 いいじゃないか今更。
 よっちゃん、お前からあれを借りたときの衝撃ったら、借りパクするレベルだったとかさ。
 日本人唯一好きな、ミッシェルでやってみて。と言った陽介、君の心理や如何に。僕は頭悪ぃからわかんねぇけど、とか。

「よっちゃん」
「え何」
「俺多分、ひとつ、お前の夢守れないかもね」
「は?」

 それから雰囲気は二人以外、場自体も静かになってゆき。

 会話はそこで途切れた。なんだか、多分普段は聞かないのだろう校長の話なんかに耳を傾ける一之江に、西東はただ事じゃないかも、と感じて。

 こんな。
 来賓をなんか教員というかなんというか、まぁ教員席だが座ってるやつなんて恐らくなんの先生だかようわからん、空きまくった席に誘い入れたテキトー友人。なんだろう。そのわりに校長の話を聞こうとか。

「ねぇ、陽介」
「よっちゃん、声意外と通る」

 なんだろう。取り敢えず黙っとけと言うことらしい。
 西東はならばと、意地になり取り敢えず黙っていた。

 しかし正直文化祭といえど、こんなんだったか?というくらいに西東は眠くなってしまった。

 3日あって今日が一番形式ばっているらしいが、なんでそんな日に自分をみんなして呼んだのか、西東には正直理解不能だった。

 だって、寝ちゃったし。
 というかそうでもしないとやっていけない。

 自分は正直学校というもの自体に良い思い出がない。これは、わりと軽めな表現だ。

 嫌悪やら、なんなら今朝この友人に引っ張り出されるまで外に出れないような、それくらいの場所だった。

 来てみれば案外、こんなもんだったんだと、少し安心はしたところで。

 寝てしまってもこんな場所。
 お経じみた部活動紹介だのなんだの、でも学校という場所に、やはりどうしたって見る夢は良いものではない。

 しかしそれが悪夢になる前に、「よっちゃん」と、一之江に私服のペラペラなジャケットを掴んで揺らされ、呼ばれて。

「ほら、起きて」

 なにかと起きてみれば、体育館のステージは垂れ幕が掛けられ。
 「次は…」という生徒の司会を打ち消すギター音、バシバシとなる安っぽいドラム。

 生徒達も間を置いて、しかし茶化すように「うぇーい」と沸く輩がいたりして。

「ふっ、」

 流石に笑えてしまった。
 珍しく楽しい、学校。

「ライブハウスかよ…」
「お前のせいだね、よっちゃん」

 確かに。そういう君だって、なんだかんだ笑っちゃってんじゃん。
 しかしこう、幕の向こうから聴こえる試し弾きとか。

「調子こいてんなぁ…」

 楽しそうで。てか、案外やっぱ。

「でもセンスあんじゃない?
 つか、長ぇな」
「あれじゃない?幕の上げ方わかんないんじゃない?」
「あぁ、ありえるな。だって俺もわかんな」

 喋ってる最中にピタッと弾き止め。

「へい、すたんだっぴーず」

 一瞬、一同しんとして、会場が爆笑へ変わった。

 幕が上がりきったとき。
 真樹が硬直していて、文杜が真樹ににやっと笑い、マイクを奪った。

「はい言い直しまーす。
 全員立てコラぁ!」

 それから文杜がマイクを真樹の前のスタンドに立てた頃には外衆、「なんだこの野郎!」だの「んだぁ、てめぇ!」だの、まぁ確かに生徒は立った。

「すげぇぇ」
「ライブパフォかよ」
「ペットボトル投げられちゃいそう」
「真樹小っせぇから国木田がクリーンヒットだな」

 教員たちがそわそわ動き出したところで二人も壁際に移動し、スタンディングスタイルに。

「もしさ」
「え!なに陽介、」

 雑踏に。

「俺、脳だけ生きてるとかになったらお前、どうする?」

 聞き取れた。

「…なに?君の父親の話?
 どうでもいいや、多分延命なんて夢みてぇなことしてやんねぇけど、なんで?」

 あっけらかんと言う友人に。
 そうか、なるほどねと。
 自分よりも、酷く。

「嫌なやつだなぁ…」

 笑う。
 その、一之江、友人の気持ちなんて痛いほどわかってやれなかった、まだ。

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