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「進軍をせぬとは何事か久坂よ」

 進撃隊、来島はそう詰め寄る。

「…あくまで我が長州の目的は尊皇攘夷であるからです。激昂するべきではない、まずは落ち着くべきでは無いでしょうか」
「何を言う、若造が。いいか、その孝明天皇は我々に攘夷を吹っ掛けながら幕府は倒すべきではないなどと腰抜け理論を要求しているのだ久坂。これがどういう意味か、医者のお前には所詮わかるまいな、」
「ですが一度は我々に資金援助までしたのです。あのお方は浮わついているがそれも確かかわからぬこと、そもそも奉る天皇が退去を申し出ているではありませんか」
「寝惚けているのか久坂、それで我々に着いた藩などあったものか、我々は嵌められたのだ、そうは思わぬのか久坂」
「…まだ事は慎重であるべきだ、あちらも|一橋《ひとつばし》|慶喜《よしのぶ》すら浮わついているのです、来島さん、ここで乗っては勢力もない我々に勝ち目などないのです、それこそ嵌まってしまう。
 我々が守るべきは誰なのかを知ってから言論をするべきだ」
「うるさい、この医者風情が!」

 激昂した来島は久坂に怒鳴り付ける。
 誰もどちらにも異議を申し立てない。 事は、慎重に計るべきだとこの男を押さえつけてきたが、いまや久坂一人が藩の回復を訴えている。

 長州は朝廷に見放されている。
 そんなことは百も承知となってくる。でなければ攘夷派の公家が京を降りるなどという失態すらなかったはずだ。

 この男はしかしいま、会津にも薩摩にも江戸幕府にも怒りだけで進軍をしようとしているのだが、気持ちは痛いほど、わかっている。
 それを医者風情だと一言で片付けられるには重いほどの請願書を持っているのだ、自分は。

「命すら惜しくなったか、この腰抜けが、」
「…何を言いますか来島さん」
「お前のこれからの未来を、なれば我に語れ。最も、才亡くしたお前に我が納得しなければ意味もないだろう」

 怒号は弾丸のように降り響いた。
 それでは駄目なのだ、だからここまで我々は堕ちてきたのではないか。

「…貴方が憎んでおられるのは先日の池田屋の件かと思われる。確かに、あそこで我々は一掃されてしまった。その悔しきはわかる、私も志士だからだ」
「惚けたことを、」
「ですが我々の目的は公家も捨て、身内以外も捨て、潔白を証明し兵力を高めようと言う目論見だったはずではないか、」
「ならば武に物を言わせばよかろう。請願など今更だ。
 お主らがうじうじ、うじうじと動かないうちに劣勢に、劣勢に足を突っ込んできたではないか」
「それは勝てる戦で論じるべきですよ来島さん。いまの我々には皆掌を返し誰も着かないではありませんか」

 それは先生も嫌った見聞無き物の戯れ言だ、だが、あの|吉田《よしだ》|松陰《しょういん》はもういない。それだけは確かに事実として叩きつけられている。

「それは劣勢だからだ久坂。結果がないのに誰が着くと申しておるだろう。皆そうだった、お前は悔しくないのか久坂。こうも苔にされなにが潔白だ、この卑怯者!」
「だから行くのではないですか、」
「貴様はいつまでもそうして頭を下げていろ小僧。我は貴様が地面を這う間に悪人共を退治するのだ」

 来島はそう言い捨て陣を飛び出していく。
 そうじゃないのだ、何故わからぬ。
 才はあっても知がなければ戦など墓場にしかならないと言うのに、何故皆わからぬのだ。

「…くっそ、」

 師に論派された日を思い出す。感情論ではないではないか、師はそうしかし、最後には自分を褒めたのだ。
 師はあのとき自分に何を投げ掛けたのかと久坂は思いを馳せる。くそっ、畜生、この野郎。悔しくないかなど訪ねる論ではないではないか。

 拳を何度も打ち付ける。

 私にはこの時に情報を見分けるほどの知がないのかと、投獄された友人を思い出す。まだ待て、しかし師はもう遅いと言ったのだから、あの英国大使館で刃を交えそうになった筈なのだ。

「久坂。
 私も大方来島殿に賛成だ」

 はっとした。
 後ろから年長の声がしたからだ。

「…その趣旨はなんだ真木殿」
「我々は後どれ程苔にされ情けなく拳を打ち付けねばならぬのだ久坂。
 若造は保守を望むが見てみろ、我々を守ったものなどいるか」
「…それは、」
「答えられぬだろう、医者坊主には。なぁ、では私の論を聞かせようか。私は行く行く王政を大阪で復古すれば良いと思っている、その為に貴殿が隊に入隊したのだ、これが私の知だ」

 淡々と語るその男の言葉に久坂は一瞬、頭が靄の如し白くなるような気がした。
 それはいままさに裏切りとなるのではないかと納得が出来ない。

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