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「…貴殿は何を申されているかわかっているのか真木さん」
「わかっている。そもそも朝廷が軍を持つことなど無理難題だと、政変でわかったではないか」
「…貴様もう一度言うが良い」
「天皇だなんだと言う貴殿の論と何が違う。現に情けのないから和宮様を幕府に人質に取られるのだ」
「それに悔しくはないのか真木さん」
「悔しくはないだと、ふざけるな若造が、」
出過ぎた言い方をしたようだった。
「…それを覆そうと言うのに武が必要とあらば、時期を待てと」
「その時期はいつ来るのだ久坂、ここまで来て、」
そう言われては宛などはなく。
宛などはなく。
「…ではいま勝てると言うのか、」
「やってみなければわからないだろう」
だがその言葉は非常に心強く感じた。
だが所詮は革命をお越し損じた者に過ぎぬと、一掃してしまうことも、確かに自分にはない意見だ。
だが…それでは駄目なのだ。
「…私はいまや長州の潔白のみしか信じていません」
「それで良い、着いてくればいいのだ、少なくともいまのお主は情けない。
高杉がいなければこうも説得力が欠如するのか」
…彼は酷く非凡なのだと語った師の言葉を思い出す。
「私にはお主が高杉を待つために先伸ばしにしているとしか見えぬ」
「違う、」
いや。
「いや違わない。待つに決まっているではないか」
遅い。
言論をすぐに覆す。自分には端からそう言った顕示が許されるほどに何もないのだ、それは師から同じで。
俯く久坂にそれ以上の言論はなかった。
そんな陳腐な志なども持ち合わせていない。遅い。それを用いる程皆は悠長ではない、だから死に急ぐのだ。
これでは恐らく駄目だ。
禁門は、開かない。
翌日、|来島《きじま》|又兵衛《またべえ》の戦死に間に合うことなどなかった。久坂も、真木も。
|蛤《はまぐり》が開くが如し、わらわらと兵は微塵もなく踊る。
先に向けられた刃は「君はどうする、久坂」という真木の失意の一言でしかない。だが真木も「君の言い分は正しかったようだ」とも言う。
敵兵も其れなりに痛手は被ったようだった。
この来島又兵衛という男にただ、期が満たなかったというのは一目瞭然だった。
「…己を信じるか、久坂玄瑞」
「己のみを信じます」
遅い。
「…私は端から論など変えてはいなかった」
ただ。
遅い。
知に追い付かなかっただけである。自分も、来島を笑えず期がなかっただけなのだ。
「請願書という他力本願なそれをか、久坂」
「違います。こんな、紙切れ一枚の話ではない」
「…そうか。
では私は本陣に帰るしかないようだ」
「真木さん」
「未来は他力本願に任せることになろう、だが、犬畜生にはやられない」
|真木《まき》|和泉《いずみ》の去るのを眺めながら、違う、違うのだと過るがしかし、掛けたい言葉はそれではない。
「…信じなければならないのです、」
でなければ。
自分が何に遣え何を持って此所にいるのかがわからないのだ。
「お主は|殿《しんがり》には向いておらぬ男だな」
決別してしまった。
が、|真木《まき》|和泉《いずみ》が笑ったのは最初で最期。
「…後は任せたぞ久坂」
恐らくはそう。
自分は早く待ちすぎてしまったのだ。
急ぐことは、本当はなかった。
そんなものは張り合いもなくおもしろくも、ないではないか。
「寺島、入江」
と、久坂は同士二人に声を掛ける。
「なんだ、久坂」
と寺島が問う。
「…私はどうやらもう待てぬらしい。
私が間違いであったとき、私と刺し違えてくれるか同士よ」
寺島と入江は光明寺党からの同士であった。
二人は途端に硬直し、更には怒りのような視線を久坂に投げ掛ける。
「…やはりそうなると読むか、久坂」
「ならば何故、」
「それとも先へ繋ぐか、」
寺島も入江も本当は希望の表情など当になかったのだ。
「…萩を共に逃げ回った仲ならわかるだろう。私は戻ってはならないのだ」
志などではない。
最早自分の意思で急ぐしかないのだ。
「…昔、高杉に言われたことがある。私は腰抜けだと」
「…私はそうは思わぬぞ久坂」
現にここまで来たではないかと寺島が続ける。
「いや、腰抜けなのだ。
だから逃亡も早い。師と同じで、」
「何を言うか久坂よ。そのように弱気で何になると言う」
あぁ、友よ。
誰も俺にはおもしろいことすら言ってはくれないようだな、お前以外は。
「…本当はわかっているだろう」
師の友であり孝明天皇の膝元、|鷹司《たかつかさ》|輔煕《すけひろ》にだけ取り次げば良いはずだが。
高杉、君はきっと何故死に急ぐかと私に聞くだろう。
「…その時になれば、刺し違えよう、久坂玄瑞」
ならば友よ、師を思い出せ。
君は生き急げば良いのだ。叱られるのは私の方だ。
私は先に先生に叱られてくる。
萩の友人を思い出す。君もいま孤独だろうか、不意にそう過るのだから仕方がない。
この戦はお前を待つための時間稼ぎとなるのだろうか。
冗談じゃない。取り持つのだ、早く来るが良い。これが日本の行く末の始まりだ。
せめて話し合いが出来ればそれで良い筈。何より長州はまだ期に満ちていない。
遅い。
遅いのだ。
「先に繋がるもここで終わるも、期でしかないな」
「…気がおかしいのだ、皆」
唯一それだけを入江が漏らした。
「…ならば最後の進軍として、堺町門前から攻め行かんと思う、皆は無理となれば早々に逃げるが良い。そして次に…生かすのだ」
久坂は最後の望みである師の友、寺島と入江を連れ、阻害され行く長州の無罪潔白を申そうと敵地に向かう。
私には才がある。
我は一度も、退くことはしなかった。久坂にはただ、それだけのことだった。
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