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 海将室に向かうことになり、ただ、それがどこだかわからなくて聞いてみれば、「多分二階」と、樹実は曖昧な返事で。

「それはなんなんですか」
「野生の感」

 何をふざけていらっしゃる。

「てのは冗談でね、」

 乾いた笑い。しかし、熱は籠ったように続ける。

「頭の中に地図は入れてきた。あとは大体、軍人のクソみたいな感ですよ」
「あぁ、まぁねぇ…」

 なるほどな。
彼はやはり、軍人気質ではないらしい。
 ではなんだろうか。

 多分、どちらかと言えばヒットマンとか、スナイパーに近いのだろう。こんな時の廊下を歩く気配の消し方や、たまに、不意に見せる然り気無い風景の一部に成り下がるような自然な動作が。

 染み付いて離れないのはどちらかと言うとそっちだろう、君は一体、何をしてここにいるんだ。軍人の僕から言わせれば君なんて、軍人じゃないんだ。君は、もう少し擦れているだろう。

 二階まで階段で上がる。最早敵なんて者は誰一人、居なかった。

 二階の廊下は、地下とは違って明るかった。

 そんななか漸く気付いたのは、樹実は案外血塗れだが、スーツやシャツの色の濃さでそれが意外にもナチュラルに目立たないということだ。なるほど、だから君は毎回、そんな目立つと言うか解りやすい、だけどシックな色合いの服を着ているのか。

 白衣より断然目立たないなぁ。白衣は血避けには良いが、どうも目立つ。
 しかしながらこれはこれで、まぁ、解りやすく染まっているんだろう。そう見て取れるな。そう一人で納得した。

「まぁ終わる前に一言というか…。
 ここまで振り回して悪かったね」
「はぁ?」

 拍子抜けした。思わず出た一言にガラの悪さが出てしまった。樹実を見ると、樹実もなんか僕の事を何とも言えない気まずい表情で見つめていて。

 どうせならこのままなんか言い続けてやろうかと思ったが、そんな時に樹実は笑って言う。

「あんたなんかさ、いちいちなんかもう何?絶対レペゼン元ヤン上がりかなんかでしょ」
「…よく喋りますねあなた」
「絶対なんか番張ってた系だよね、口調丁寧だけどね!」
「別に」
「あ、急にすげぇ不機嫌になったー!」

 わりと前に思ったことは撤回しよう。
 この男、やっぱ絶対的な存在感がある、うるさいわ。

「うるさいなぁ、田舎レペゼン上がりのキチガイ眼鏡の何が悪いの」
「うわぁ、やっぱね、やっぱね!」

 なんで楽しそうなのこいつ。仮にも今戦場みたいなもんだよ?

「いいね、なんかおもろ。だからなんか他と空気感違うんだ」

 樹実は一人、急に悟りを開いたバリのしんみりさでうんうんと頷いて納得している。君は一体、なんなんだ。その感性はどこからお出ましなんだ。

「やっぱおもろいわ」
「…てか、なんの話?」
「あぁ、うんうん。なんかでもどーでもよくなっちゃったわ」

 でも価値観はわかってやらんでもない。

「…まぁそのレペゼン上がりから言わせていただけば、調子こいてしゃべぇこと言ってんなよってやつですね」
「うわぁ、嫌だぁ、怖い」
「あんた思ったより、ガキですよね。思ってたからこの際然り気無く言いますけど。
今更何を言ってんの。僕そーゆー辛気臭い呪文みたいな御託受け付けてないし眠くなっちゃうんですよ。振り回す?上等ですよ嫌なら辞めてますから。考えればわかるでしょ」

 子供をあやすとはこの事か。ただ言葉が荒くなっていきそうなのでタバコをくわえて火をつけた。

 あれ、箱が軽いなぁ。
 気のせいかなぁ、この人といる時間めっちゃ減った気がする。

「…まぁそうですな。
悪いな。いやぁ、なんて言うか…いつも一人だったから、こんなんちょっとわかんなくて。取り敢えずムカついたから気にしねぇ」
「そうしてください。言い出しっぺは貫いてくださいよ。じゃないとついていけないでしょうよ」

 凹んでる顔はどんな表情だろうかと、横目でちらっと見てみれば。
 彼は子供のような笑顔で笑っていて。

 こんな表情をする彼ですら、拳銃を持つような世の中だったのかと、ふと、浮かぶのは師匠の笑った顔だった。

 ダメだ。僕ら多分、僕は多分、まだまだ世界を知らない。海の上にしかない土の上、広大な宇宙の、塵のようなこの世界を、師匠、僕はまだ知らないんです。

 そんな彼が急に、鋭い目付きに様変わりしてふと、視線を移した。なんとなくそれは促されているようなものだったので僕も見てみると、2つ先の部屋を指差す。

 枝が指す方。海将室の文字が扉に、重厚に書かれていた。

 ついに来たか。

 自然とポケットの中でリボルバーを握る。場合によっては…。

「あんたそう言えばさっき」
「はい?」

 急に意識の中に滑り込む、さっきまでよりなんとなく低い声。僕の方が反って間の抜けた返事を返してしまった。

「一回だけオートマ使ってたよね。でも出会った時も、あとさっき逃げてきたときには、やっぱりリボルバーだった」
「あぁ…はい。
 ブローニングは師匠の遺品なんですよ」
「へ?」
「案外そーゆーのにはミーハーなジジイだったんです、あの人。ですが僕はやっぱ、リボルバーがいいですねぇ」
「はぁ、なるほどね」

 然り気無く樹実が使用済みのマガジンを捨て、新しいのを装填していたので、僕もシリンダーに弾を満タンにしておいた。
 それを見た樹実は然り気無く、僕にスピードローダーを手渡してきた。

「出来れば平和的解決がいいですねぇ」

 しかしながら。
 多分死ぬのはナンセンス、そーゆーことなのだろう。

「さぁて、いざ、ラスボスと対峙だ」

 師匠。
貴方の真実を、僕は見てきます。
 貴方はきっと。
 こんなことに拘って凝り固まってる僕を怒るでしょう。「こら雨、」と、困ったように眉間にシワを寄せながらも、笑うのでしょう。そんなことで、自分のことで何してるんだと、言うのでしょう。
 だけど、僕は。
 残念ながら良い弟子ではないんです。
 貴方の想いのレールを歩いてしまったせいでしょう。
 だけど悪いのは全部、弟子である僕ですから、帰って、ちゃんと叱ってください。

『自分を曲げるのはとても自由なことだ。そういう人間になりなさい』

 やっぱり自分だけはどうしても、自分を曲げられませんでした。ダメなんです。まだまだ、全然。

 覚悟を決めた。
 おかえりと、言ってくれる故人《ひと》のために。

 だから樹実、君に対しても、最期は謝ろう。そして、感謝もしよう。

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