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 爆発音がくぐもって響いた。やっぱ、火気厳禁だよね、いくら催涙でもさ。

 横で凭れるようにそれを聞き届けていた樹実は、何を考えているかわからないような淡々とした表情で、しかしながらどうやら先程の催涙ガスのせいで涙だくだくの状態でありながら慣れたように、僕の右足に刺さった麻酔弾を抜いてくれた。

 小さな麻酔弾を見つめ、樹実は不機嫌そうにその辺にぶん投げる。

 意外とこーゆーのって、あんまり血が出ないもんなんだなぁ。筋肉とかも圧迫されたり血行悪くなってんのかなぁ、とかぼんやりと考えて眺めているが、正直先程の催涙ガスのせいで涙腺が緩みまくってしまって視界はあまりクリアではない。

「眼鏡でもダメだね」

 そうくだらないことを言う樹実の声が掠れて震えていた。シュールすぎて思わず笑ってしまった。

「あんだよ」
「いやぁ、これって凄くバカっぽくないですか?僕ら」
「…そーだな」

 眉間にシワを寄せてタバコに火をつけた。僕も、白衣のポケットからタバコを取りだしてくわえる。

「あっ」
「なに」
「ライター、落としたみたいだ」

 どさくさに紛れてどこかにいってしまったらしい。今ごろきっと燃焼材になってしまっただろうか、微力ながら。

 樹実が無言で100円ライターを灯して手を添えてきた。「どうも」と礼を言い、甘んじて火を貰うが、予想以上に火力が強くて少し前髪が焦げた。

 さっきまでの煙臭さが、おかげで焦げ臭さに変わった。熱ぃぞこのバカ。

 だが驚いた僕を見て樹実は、「ひっひっひ」と、掠れた、なんか産気付いたグリズリーみたいな気色悪い笑い声で笑い、噎せていた。

「あー、喉痛ぇ」
「吸わなきゃいいでしょ」
「だってお前多分あと10分位は動けねぇだろ」
「まぁ、そうでしょうけど」

 置いていけばいいじゃないか。
 そもそもあんた、なんでここに来てんだか。

 後ろの扉がガンガンと叩かれる。仕方なくダルいが開けてやった。咳き込んだり涙だくだくになった軍人たち数人が、肩寄あって戦意喪失した状態で生還。

 なんとなく一番官位が偉そうな軍人が、一睨みしてきたので、「これで最後ですか?」と丁寧に聞いてやると、「あぁ、まぁな」と、皮肉っぽい口調で返事を寄越してきた。

 遠慮なく扉を閉める。爆発したお陰か、先程より催涙被害がなかった。
 生き残ったのは全部で17人。ちょうど、秋津艦隊と同じ人数だなぁ、とぼんやり思った。

「お前らのことは一生忘れない。名前だけ聞いておく」
「はぁ…元気ですね案外。元秋津艦隊三等海曹、熱海雨ですよ」
「海軍か、恥を知れ」
「恥、ですか。はーい」

 まぁ確かに、てめぇらのようにそんな、仲間大量虐殺されてピンピン出来るほど染まれなかったな、僕は。

「貴様は?」
「陸軍の三等陸曹、茅沼樹実だ」

 今はいないけど。
まぁそもそも僕らに名前を聴いたあんたらが悪いんだよ。

「…ふん、下っ端共が。だが負けた。覚えとけよ。
 航空自衛隊中十条基地一等空尉の有田洋臣《ありたひろおみ》だ。俺はお前らを忘れない」

 生き残りの中で唯一、掠り傷程度の、四十代後半くらいの汚ぇ髭面の体格の良い男は、破れた自分の肩章を僕たちに投げ捨て、そう言った。
 先を行く部下たちが、「有田さん…」と声を掛け、「うるせぇ!」と怒鳴り返しながら僕たちを置いて行った。

「肝に命じておくよ、おっさん」

 嘲笑うように樹実は挑発的に言って、タバコを揉み消した。有田は一瞬振り返り、舌打ちと共に真横に唾を吐き捨て、先に階段を登って行く。

 それを見た樹実は、やはりその背中を皮肉ったような目で見つめ、再びタバコに火をつけた。

「あっち」
「忘れてましたか」
「すっかりな」
「僕ら、恨まれましたね」
「まぁ別に。あーゆー国の狗一人に恨まれても痛くも痒くもないね」

 のわりに発言が過激ですなぁ。知りませんよ、戻ってきてぶん殴られても。

「国のためだなんだ言いやがって。結局やってることは詐欺師と変わんねぇって今回わかったじゃねぇか。結局自分のためだ。
 だから俺は今ここにこうしているんだよ。自分が信じたレールに乗ってここは途中下車だ」

 あぁ、きっと。

「…さっきの人、知り合いだったんですか?」
「あ?知らねぇよ、だって」
「麻酔弾の彼」

 言った瞬間表情が曇った。
 僕を見つめる瞳は濁りなく。やっぱりこの人、ガキみてぇに純粋そうな目ぇしてやがるなぁ。

 その目に君は一体何を映して来たんだい?
 信じられるか?あんだけ殺人に優れているのに。なんでそんな綺麗な目をして僕を見るんだろうね。濁りない、例えるなら雲ひとつない空を映した、海みたいな男だね、君は。

「灰が落ちますよ、樹実」
「…わかってるし。試してんだよ」
「は?」
「いつ落ちるかなって」

 時に海は穏やかで、時に凶器的で。

「彼は、米軍基地時代の先輩だよ」
「君はなんだか、米軍基地でろくな思い出がないようですね」
「まぁね。俺どっちかって言えば日本人気質だから」
「のわりに人に手榴弾を託してくるんですね」

 皮肉を言うと、少し寂しそうに彼は笑った。

「結局俺だって自分を守るために、必死なのかもね。
 日本では普通の公安をやれてるつもりなんだけどなぁ。この国に軍隊なんているか?こんな平和な国に」

 それはもしかすると。
 彼の切実な願いなのかもしれない。

「国のために死ぬくらいなら、平和な国なんだ、自分のためにやったってよくないかい?なんでみんなあんなに、争い事を好む風習になっていくんだろうね」

 あぁ、なんか。

「懐かしいなぁ」
「え?」
「秋津さん、似たようなこと言ってたなぁって。自分のためにあんま、人殺すくらいならこんな軍隊潰したるって、あの日佐渡さんと喧嘩してねぇ、歳甲斐もなくあのジジイは」
「いくつだっけ」
「93でした。佐渡さんが…40いくつだっけな」
「元気だなぁ…」
「ホントにね、笑っちゃうよ。
 今ある平和は俺が作ったんだって、あの人いつも言ってた。まぁ、そーゆー偏屈なジジイだったんですよ。でも反論なんて、出来ないししようとも思わないじゃないですか。だってあの人、」

 催涙ガスが目に染みる。
 あの人のくしゃくしゃな笑顔がここに来て、遠ざかる。

「…僕のせいかもしれないんですけど。
今更ですが、僕なんとなくね、あの潜水艦、ちょっとヤバイもんでも運んでるかもしれないなって、実は自覚あったんですよ」
「はぁ、あそう」
「でも、渋ってたあの人の隣にいて、『潜水艦なんて野暮なもん、喧嘩売ってんのか』なんて部下に殴りかかろうとしてみなさいよ、取り敢えず咄嗟に嘘吐いちゃうでしょーよ。『僕乗ったことないから乗せてくださいよ』って。不信感とかわかんないからさ。
 渋々潜水艦はOK。けど話は進んでいって。
 なんで秋津さんが渋ってたかって、あんたが言った通り、ベトナムの情勢と、んなんで支援?笑わせんなよしかも潜水艦?誰が企画を出したかと問えば、国から要請が来たと。
 だけど、本当に艦内であったのは。佐渡さんと秋津さんの押し問答はそんなんじゃなく」
「待った、ストップ。
その企画持ってきたの、誰?」
「え?准海将の小嶋《おじま》…」
「ありがとう、それ、話すのはまだ早い」
「は?」

 樹実は僕の、こんな辛気臭い話をキラキラした目で聞いて、肩をがっつり掴みやがった。

「行くか、空将の元へ」
「は?」

 樹実はにやりと笑い、立ち上がった。
「立てる?」と聞いて、手を貸してくれた。

 立ってみればまだ、右足に違和感はあったが、なんとか歩けそうだ。

「やっぱり強運だ、あんた。
 今日だったんだよ、雨」
「は?」
「赤十字と空将と、防衛大臣の会議。多分」
「え?」
「行こう、急ごう」

 まだあんま走れませんけど。
 しかし急ごうと言いつつゆっくりと手を取り歩みを合わせてくれる彼は、やっぱ、少しは良いヤツなのだろう。

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