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その小柄な黒傘の、灰色のスーツを着た男は、おもむろにタバコをジャケットのポケットから取り出し、咥えた。
茅沼も、ちゃっかりと傘を持ってあげるようにして入り込み、先程もらったソフトパックの口を炙った。
今時、珍しい。
「この子がさっき言ってた?」
「そうそう」
「どうも〜。クソ上司の高田でーす」
誰なんだなんなんだどうなってるんだ。
「ね、クソでしょ?」
「どこがだよタバコ返せよ」
「あ、てか吸う?」
「あ、どうも。
…あの、これは一体…」
取り敢えず茅沼のを貰おうかと思いきや、「俺のマルボロだよ」と、高田さんとか言う茅沼の上司に言われたので、そちらを拝借した。
「なんだ、君も吸うのか」
「あ、はい」
「てか吸って大丈夫?」
「あぁ、はい。あの…」
「ん?」
「あー、うん。まぁ、来てみなよ」
「え?」
「え?樹実、お前さ、」
「はい、はーい、面倒事は後回しー、はーい行きましょーボスー」
「え?」
「え?」
なんだか高田さんと僕はよくわからぬまま、茅沼に強引に海とは逆方向に促される。
なんだ、なんなんだ一体。
茅沼が向かった先には黒い、ワゴン車のような車が停まっていた。何の躊躇いもなくそこに乗り込む高田さんと茅沼に続き、流れで僕も後部座席に乗り込んだ。
所謂、捜査車両というヤツだった。
なんかよくわからない器具がたくさん積んであって、僕は一体どうなるのか、先行きに全く予想がつかなくなった。
「これはどういった…」
「ちょっと高田さん、これで来ちゃったの?なんで?」
「空いてた車がこれしかなかったんだよ」
「いやだからってさ…」
「はーい、車出してくださーい」
そう、運転席に向かって高田さんは声を掛けた。乗っていた寡黙そうな男が小さく頷き、発進させる。顔はよく見えなかったが雰囲気的に、裏社会っぽい、ポマードの掛け方の男だった。
まさか僕は所謂その、裏社会へ、何かしらのかたちで売られてしまうのだろうか。
「あぁ、彼、寡黙なの。見た目あぁだけど今はちゃんと公安だから」
今は?え?今は?
「あの…僕はどうなってしまうので」
「あそうそう。カニちゃん、眼鏡!」
「…はい。赤になったら」
「あーいいよ、俺が取るよ蟹江《かにえ》さん。どこにあるの?」
「…ボスの鞄の中です」
「ありがとー。ばっちり後部座席じゃねぇかクソジジイ」
「あれー?ごめんごめん」
なんなんだこれ。
何このアットホーム感。そしてこの人蟹江さんというのか。見た目に反してあだ名がカニちゃん。覚えやすい。
茅沼がその辺に、まさしくぶん投がっていたという表現が正しい、乱雑に置いてあった黒くて小さなショルダーバックの中をがさごそと漁り始め、茶色い眼鏡ケースらしき物を出し「はい、これ」と僕に渡してきた。
「え?」
「ごめんねー、ウチのボスちょっと人の物に対してマジ雑だから割れてたら殴っていいよ」
「いや、あの…」
「熱海くん、だろ?」
ボス、高田さんはにこにこしながら告げる。
「こいつがさー、君の視力検査のデータ調べて眼鏡を作って来いって言うから遅くなっちゃったよね迎えに来るの。君でもまぁ戦闘には支障がありそうだけど基本的にはそこまで悪くなさそうじゃない?」
「ちなみにいつ頃のですか」
「うーん、いつだったかなぁ…0.8とかのやつ」
「あー、3年前ですね。現在はもう少し悪いです。しかも近眼だし乱視だし」
「うわぁ、タチが悪いね。それ弾避けられないじゃない。気付いたら当たってるよ。やっぱそれあげるから掛けて」
「あぁ、はい」
これ、このままでいったら絶対に流される。てか今現に流されかけている。
「てか、どうやって視力検査のデータとか…」
「え?だって年一回行くでしょ?軍で」
軍って表現全く正しくないですけどこの人。
「まぁはい。まぁ貴方のそれは入団当時のですけど」
眼鏡を掛け直してみる。やっぱり少し弱いけど、まぁいいや。
「うん、まぁ明日にでも行こうね」
「はぁ…。いや、じゃなくて、なんでそんなデータ…知ってるんですか」
「え?」
「あー、ごめんうん、俺が説明しなかったね。
君今からこの人の部下だからね」
「はぁ!?」
思わず大きな声を出してしまい、咳込む。まだそんなに回復していないらしい。
「部下って、え?」
「うん、はい」
Federal Bureau of Investigation
青っぽい紋章。つまり…。
「FBI!?なんで!?」
「俺が拾ったから」
「え、貴方は…」
「うん、そーゆーことになってるけどまぁ…」
高田さんを見ると、にっこり怪しく微笑むだけだった。
「違うんですか…!?」
「まぁまぁ、一回捨てた命だし、いいでしょ」
「いやぁ、しかし今生きてるんですよねぇ…」
残念なことに。
「だって君このまま海軍に帰ってやることある?」
「…まぁ、そう言われると」
「てか、帰る場所なんてないじゃん」
そう言われてしまっては。
「…悔しいけれど僕は何も知らないんです、茅沼さん。あなたがさっきあなたの上官に啖呵切ってたヤツすらも。ただ僕は、師匠を信じた。それだけだった。
もう少し、手を伸ばしてさえいれば、僕は師匠を救えたかもしれない、佐渡さんを殺すことも、なかったかもしれない」
「…真面目だねぇ。
多分、君が出来ることはなかった」
「まぁ、そうかもしれませんね。でも今、残念ながら地に足ついてるようなので…。
あなたはFBIの…」
「高田創太《たかだそうた》だ」
「申し遅れました、海上自衛隊、秋津艦隊《あきつかんたい》の熱海雨です。
僕の師匠は潜水艦の中で穏やかに…佐渡准海尉に射殺されました。それから僕が、佐渡准海尉を殺害し、操縦権を奪還しようとしたところ、コックピットに銃弾を撃ち込まれ操縦不可能に陥り、僕たちの船は沈みました」
「なかなかな度胸だ。だが…」
「つまりは合図はそこだった。日本軍は異常自体発生と同時に潜水艦を爆破した」
「何故、」
「それを調べてるのが、日本じゃない行政なの」
…なるほど。
「…だから、」
「まぁでも高田さん、多分こいつには芯がある。いいんじゃないかな。目的は海軍の闇。海軍に戻してもさ」
「…まぁ、どうしたいかは君が決めなよ。取り敢えず今この車は日本支部に向かっている。君の手続きをしようかと思って。そしたら、捜査権を与えようかと思うんだがいっちゃん、これでどうだい?」
「親父殿がお好きなように。あとは本人次第だ」
「僕は…」
果たして、僕は。
「…僕は、師匠を…信じていたい」
「どういう風に?」
「高田さん、僕は秋津さんの唯一の弟子だ。僕にしか出来ないことがある。それは、やっぱり秋津さんの意思を継ぐことだと思うんです」
「うん」
「秋津さんは、『自分を守れ』それしか僕に教えてこなかった。これは、色々な意味が…あるんです」
「…うん」
「だから、…どうせ死んだんだ、一度くらい、やらせてください」
「…うん、いいよ」
そのあとにどうするかは、あとで決める。いまはそう、師匠を、信じたい。
「誰かのためが、自分のために繋がるような関係…これがホントになんて言うか芯なんだろうね」
ふと茅沼がそうポツリと言い、微笑んだ。
「思った以上に面白い」
そうか、そうなのか。
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