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連れて行かれたのは、FBI日本支部。
僕はいつの間にか正式に、ここの捜査員になった。
海上自衛隊隊員と兼任し内密にFBIの捜査員という肩書きを得たようだった。
果たしてそんなことが本当に可能かと問われれば、それには曖昧に答えることしか出来ない。何故なら僕はその一度きりしか、そこに行くことがなかったからだ。
その一度きりで下された命がたったひとつ。
『秋津艦隊壊滅の真相解明』
だった。
「それを僕にやれと」
「そうだよ」
高田さんは、至極真面目にそう答えた。
「君を捜査の第一任者にしたいんだけど」
「…残酷ですね 」
「そうかな?」
物腰柔らかそうな見た目から一変、鋭い、刃物のような目付きで人を刺す。
そうかこの男は、そういう男なんだとその時に初めて知った。
「一番効率的だと思わない?当事者で、君は理由を誰よりも知りたがっている。俺なんかより、ずっとね。大体、甘く見るなよ。俺は君を助けたつもりだ。君は自分のために、自分のしたことや仲間のために、ここへ来たんだよ。違う?
君以外に誰がやるの?まぁいいけどね。ウチの樹実がやったって構わない。元はそのつもりだった」
「…そうですか」
なるほど。
「…高田さん、貴方は良い人ですね。神様みたいだ」
「ありがとう。嫌味のように良い言葉だよ」
「そうですね。僕は貴方を憎めない。ですが、嫌いですね」
「あらぁ、残念だなぁ。俺はわりと君の真っ直ぐさ、好きだけどな」
それだけ言い残し僕はその場を後にした。真後ろの重いドアの音。どんな表情なんだろうか。
「樹実」
珍しく、不安定な笑顔で一瞬だけ笑った高田は樹実に告げる。
「もう来てくれないかな」
「多分ね」
「いやそこ励ましてよ」
「はいはい。俺は彼のところに行きますよ」
ドアを静かに開けて樹実は雨を追いかける。まだ離れてない背に、左隣に然り気無く並んで無言で歩いた。
「…なんですか」
「家まで送るよ」
「なんかそれ、恋人っぽいですね」
「いや、なんかあんたこのまま自殺でもしそうじゃない」
「そうですねぇ…」
しねぇよ。流石に。
「そんなに人生に前向きならピストル自殺でもしたいもんですね」
「ふはは!あんたも言うねぇ…!意外と腹黒いって言われない?」
「褒めてます?」
「皮肉ってます」
まぁ案外嫌なやつ。しかしまぁ、それは僕も一緒だ。
「僕、真っ直ぐは帰りませんよ」
「どこ行くの?」
「一杯突っ掛けようかなって」
「いいじゃん、俺も行っていい?」
「構いませんが多分楽しくないですよ」
「へぇ」
本気で帰るまでこの人は僕について来るつもりらしい。しかし、僕は帰らないつもりだ。なんなら海軍基地に戻ったっていい。
仕方なく日本支部を出ると、茅沼が少し前に出て振り返り、頷く。仕方がない。彼について行こうと歩き始めたときだった。
「半歩下がって」
茅沼にそう言われる前に半歩下がり、先程パクってきた銃のハンマーを引いたが、僕がそんなことをしている間に茅沼は右に向けて一発撃ち込んだ。だが、茅沼はそれとほぼ同時に左肩に銃弾を掠っていた。
どうやら外したらしい、僕は取り敢えずいま弾が来た方へ射撃をした。
多分当たった。鈍い、なんとも言えないあの銃弾の感覚と何かが倒れる音がしたから。
「…茅沼さん、大丈夫ですか!?」
肩を押さえている。茅沼が睨んでいたのはやはり敵の方だったが、僕の一声で漸く鋭さが消え、口許だけ微かに笑い、僕を見た。
「借りを作ったな」
「んなことはいいんですが」
「誰だ全く」
そう言ってゆっくりと歩き出す茅沼の姿が、異様に見えた。
「茅沼さん…?」
苗木の隙間を覗き、敵を確認するとはっきりと口元に笑みを浮かべ、死体を蹴り飛ばした。
見えた死体は昼間の、多分なんだっけな…一曹…平野さん!
「あっ」
「ナメやがって」
それからさらに、それはまるで蛇のような鋭い目で、怪我をした左手に銃を持ち、すぐ近くに一発撃ち込んだ。
「案外早かったな」
また、一発。どう見ても肩には負荷が掛かっている。
「そっちの差し金?」
「茅沼さん、」
近寄ってみれば。
曹長が、腰を抜かして、それでも茅沼に銃を向けていた。
「茅沼さん…」
どうやら、僕の声は茅沼には届いていない。また、茅沼はわざと曹長の真横に銃弾を撃ち込み苗木から引きずり出した。
「喧嘩を売ったのはお宅らだよね。そんなに殺したきゃ殺せばいい」
曹長は瞬時に、右側を攻めるように茅沼に一発撃ち込んだ。
そこでどうやらスイッチが入ったらしい。茅沼は怪我を追わせた曹長を踏みつけるように蹴り、体勢を崩した曹長に馬乗りになって額に銃口を向けた。
「茅沼さん、ちょっと!」
茅沼の肩を引いてみたらわりとじっとりと血が滲んだ。表情の切迫感と狂気。あぁ、この人は多分今、怒ってるんだ。
「やり方が汚いような人間はな、俺は嫌いなんだよ」
その言葉は確かに。
確かに僕の芯に残ったから。
僕が撃った。
右から。
彼が、なんだか知らんが苦手だという右手側から。
一筋飛んだ血筋はそのままコンクリートに静かに叩きつけられた。
これが結果だ。あんたが残した。
「…あんた、」
驚愕な表情で振り返る彼に、僕はどんな表情を浮かべればいいか。
取り敢えず茅沼に表情は与えなかった。ただ静かに彼を見て、「何故…」出てきた一言で物語る。
「右目の視力が悪いから」
彼はそう、不機嫌そうにぽつりと言った。
「昔、少し左の頭を打ち付けた。その後遺症です」
「そうですか」
「こいつらはそれを知っている」
「はい」
「俺の欠点はそれだけだ」
「そうでしょうか」
「は?」
また、不機嫌そうに茅沼が僕を見るから。
「君の欠点は、キレやすいところじゃないですかね。
あぁ、あとは雑。あとは…と、会って間もないのにこれだけ出てきます」
「お前さ…」
「あなたも死にかけたんでしょうかね。お人好しも、欠点のひとつでしょうね」
「…はぁ」
「嫌いですね、あなたのことも。けど」
なんでだろう。
「あなたがなぜ僕をここに連れてきたのか、わかったような気がします」
どうしてだろう。
凄く、何故か。
「あっそ…」
気持ちが、穏やかになってゆく。
人を殺した後なのに。
「…一杯付き合ってください。海まで」
「…わかった」
彼、茅沼樹実はそう言って頷いた。
わりと、悲しそうな表情だったなぁと、今振り返るとそう思える。
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