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彼、空軍の准将である木崎輝彦《きざきてるひこ》の利き手である右手を後ろ手に取り、背中に銃を押し当てながら僕たちの前を歩かせ、裏口から空軍自衛隊基地に潜入した。
通路は無防備にも真っ暗で誰もいない。仄かに光る、それぞれの部屋の明かりだけが足元の頼りだ。
樹実はそんな中、一人、ジャケットからタバコを取り出し火をつけたので、睨むように横目で見ると、仕方ないと言わんばかりに僕のジーパンの尻ポケットからマルボロを取りだし、一本くわえさせてくれ、おまけに火までつけてくれた。
なんだかんだで親切じゃないか。
出来るだけ木崎准将に煙は掛からないように吐き出す。二口目で漸くニコチンが肺に達した。
「で、ひりょふひつは」
タバコが上下する。タバコをくわえながら喋るのは個人的に下品だと思うんだ。
「樹実、たまごをくはえながら喋るのは基本へきになんが、品はないほはおまーなひ?」
お、後半わりと歯形が付いたおかげで喋れたぞ。
「人のこと言えなくないか?」
やっとタバコ離したよ。そうそう。危ないしね。
「ひまのぼかぁしかぁないと思いまへん?」
「まぁほうなんだけどさ」
あーもう少しなんだから我慢しろよ。でもまぁいいや。黙ってよう面倒だから。そうやってタバコを早くダメにしちゃえばいいんだよ。
フィルターギリギリの頃にテキトーに口から抜いてその辺に捨ててくれた。親切だけどやっぱりそれもどうかと思う。
しかしあれだなぁ、わりと指がなんて言うかしゅっとしてて枝みたいだ。トリガーとかこんなんで引いてんのか、大丈夫かよこの兄《あん》ちゃんはよ、非現実的だなぁとかぼんやりと思った。
ただタバコを持つ中指と人差し指の気怠さが、色気とか言われちゃうんだろうな、皮肉抜きにして。
「何よ、なんか…」
「いえ、指が綺麗だなぁと思いまして」
「あ?なんか気持ち悪いなぁ…」
「すみませんね」
居心地悪そうにポケットに手を突っ込んでしまった。ガラが悪い。ただのチンピラと言うかヤクザにしか見えないよそんな不機嫌面は。思わず笑ってしまった。
「え?なに?」
「いえ。
資料室でしたね。そんなとこで何をしようと?」
「渡航歴とあれだね、捜査資料」
「あぁ、」
樹実も漸くタバコを吸い終え、捨てる。
「そんなに金が欲しいか貴様ら」
「あ?」
「へ?」
あまりに予想もしてなかった突拍子もない一言に、二人して間抜けな返事を木崎准将に返してしまった。
「まぁ欲しいっちゃ欲しいよ。馬で負けまくったからさ」
「なんの話だよ腐れ公安」
バカじゃないのか真面目に。
「ついでにパチンコも最近微妙に負けまくってて上司にめちゃくちゃ借金してて」
「だからなんの話だって」
「いや並大抵の負け方じゃねぇんだよ、もう云十万単位なんだよマジで。そろそろ裏社会で生きるしかねぇかなとか真面目に俺考えてるからね。てかマジ東京湾に沈めるぞって言って上司が三万くれたよ。
で、金ってどーゆーことよ」
いっそお前が潜水艦で沈めばよかったんじゃないかマジでというのは可哀想なので言わないでおくことにして。
確かに気になる、その話。いやこのクズみたいにゲスい意味でなく。
木崎准将は、バカにするように鼻で笑い、告げた。
「は?赤十字の話だよ」
「何それクリーンだね」
「あぁ、貴様らみたいな頭の可笑しい奴らと違ってな。ウチの基地にはそーいった金が舞い込んでくんだよ。その話で補佐官が来るから狙ったんだろ?惚けんなよバーカ」
「補佐官って、星川さん?」
「あ?なんだ、お前ら本気で知らねぇのか?」
「ふーん…」
樹実は何かを考えた表情でタバコをまた取り出した。しばらく立ち止まったのち。
「あの野郎、食えねぇな」
とぼやいた。
かと思いきや嫌な笑みを浮かべ、「ありがとさん」と言い、木崎准将の横っ面を思いっきりぶん殴った。おかげで僕は体勢を崩した木崎准将をあっさり手放すことになってしまった。
「さぁて、したら急いで資料室に行くか。悠長にやってっと秋津艦隊の資料はパーだな。ついでに星河隊《ほしかわたい》の資料もあったらラッキーだな」
「はい?」
「てめぇ、」
「あぁそうそうお前はもういいよ。ただひとつ聞こうか」
樹実は木崎准将を足蹴にして銃を抜いた。
あーあー、過激だなぁ。
「その赤十字の人がくんのが今日と明日、どっち?」
「あ?んだよ…っ」
ただ、流石軍人、やられてばかりではないらしい。一応樹実の足を退かすという反撃に出てみたようだ。だが樹実は、その反動を生かし木崎准将の頭に蹴りを一発入れてしまった。
恐らくは脳震盪《のうしんとう》。ぶっ倒れて起きてこなかった。よほど強めに蹴ったらしい。
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