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「あれから一週間ですか」
「そうなんだよ何やってんのか、しかしもう、まぁいい。なら掃除でもしろとな」
「んで?わてですかそれは」
「んー…まぁ思い付いたんで。丁度暇そうじゃん」

 まぁ暇ですけどね、という翡翠に完全にこれを決定事項にした。

「お前だって茶組坊主ばかりでもつまらんだろう」
「何言うてますか。あんさんの面倒とあの生臭坊主の面倒と、わてはわりとよう働いてません?」
「まぁな」
「まぁ言うてあんさんの面倒など飯運びと茶くらいしかありまへんけどね。
 なんや、他の坊さん見てれば確かに、掃除、炊事、と。わての得意分野やないですか」
「あー、そうか確かにな。まぁ悠蝉がやりたいって言ったんだ良い機会と思ってな」
「んで?わてはあんなむさ苦しい男集団の元でなんと?」
「促しつつ見張っておけ」
「…随分楽な仕事ですが、あまりわても人を使うのは得意でもなく」

 それには朱鷺貴は言葉を切ったが、少しして「まぁそうも言うな」と宥めるようだった。

「正直気掛りなのもあるよ。寧ろそれが大半だ。お前もそうだろ?」
「…どうかなぁ…。関わりたくない気もしています」
「同感ではあるが、疲れることにまぁジジイのせいだな。所謂けじめが付かないと言うのもあるし、俺くらいでもなければ正直ここの坊主も手を打ちようがないんだよ」
「…互い様ですな。言うならば藤嶋、藤宮にだって、そうだと」
「話が早いな」

 互いに溜め息を吐いたのは同時で、それでふと朱鷺貴は悠蝉の一言を思い出した。

「あぁ、そうそう。俺は浪人の志士達と思考が変わらないと言われたよ」
「はぁ、なるほど」
「でも少し納得した。あれらも、言うなら自分の野望のためだよな」
「…しかしまぁ、違いと言えばわては引っ掛かりますよ。藤嶋はあの田舎者達に他力本願だと言うた。それとはまたトキさんは、」
「あぁ、なるほど。より納得だな。寺から見たらいまの俺はトサキンのように、反乱分子なようだ」

 ふむ、と翡翠は恐らく、物は言いたいが言えずにいるだろうと空気でわかった。だが、翡翠が考えているのであろう少しの悲観とも違ったものを朱鷺貴は持っていると自覚する。

 始めから、少し異端な物だと言うのが当たり前に板に付いていた朱鷺貴にとっては考えもしなかったが、それにも「そうか」と新たに気付く。

「いや、案外面白いもんだと思ってるよ。なるほどそうやって今の時世は荒れているのかとね。
 なら、何が間違いかと言うのは、実はないのではないかと。これはまた戦国の武将とも違った乱戦で、でも結果として同じ、天下を取ったものが恐らくは“正しい”と、認識されるんだろうなとね」
「…翡翠が思うよりトキさんは、野心に近い感情なのですか?」
「そう見えるか?」
「いや、それは意外かなと」
「あぁそうだね。俺はそこまで貪欲じゃないな。汲み取れたという話だ」
「…そうですか」

 これはこれで、もしや柄に合わず肩に力が入っているのだろうか。
 …と、更に思慮深くなるほどには客観出来ている。これは、どこにも近いところに身を置いていないからだ、と朱鷺貴は考える。

「…たまにトキさんは遠いとこにいらっしゃいますね。従者は少々身が持たないと感じますよ」
「……ほ?」
「いや、たまにやけどね」
「……そうかなぁ」

 意外な言葉に考えたが、「いや、お前ほどじゃないだろ」と反論をするがそれにも「はい?」と返ってくるのが不思議だ。

「ある意味野心に近いのか、まぁ仏よりか自分は俗世に近い気がしてるよ。こう言うのは己の興味に使おうかと」
「ははは、なるほどね。確かにそん方が、豊かで貪欲やなぁ」
「だろ?」
「まぁ、今の世に生まれたんならそれが人の在り方かもしれまへんね」

 やはりこの男少々、楽天的だなと翡翠は思う。それは狭くなく、広いもので。鳥が飛ぶのには充分な程だ。

 廊下を歩いていればなるほどと翡翠は観察してみる。

 その辺に坊主はいるのだけど、朱鷺貴と自分を遠巻きにしているように見える気がする。だが、それを朱鷺貴は恐らく、微塵も、一切も気にしていない。
 なのに「けじめ」だなどと言うのだから、始めくらいはもしかしたら、この人は生きにくかったのではないだろうかと、ふと思ったけれど。
 自分も、わりとそうだったなと思い出す。

「…トキさんは一体、ここでどんな生活をしていましたか」
「ん?」
「いや、こういうんは興味に使えと」
「どんな生活、か」

 一度本堂を出て南の堂に向かう。

「飯食って寝て起きて、公務をこなして、だけど?」
「あぁまぁそんなことは聞いてないです」
「いや、ホンマにそれしかない」
「へぇ〜」
「来てすぐは子供だったし、なんもなかったもんだ」
「あらそうなん?」
「時間もわからないほどにな」

 それに少々、言った朱鷺貴も聞いた翡翠も引っ掛かった。でも、それ以上も以下も本当にないものだ。

 …あの濁ったような暗さから世界を明るくしたのは己の根性だった。
 それに助けは少し位あれど、最終的に今を手にしたのはやはり、自分以外の何者もない。誰のためでも、誰のせいでもなく。

 それは、誰でも同じ事柄。

 南の堂の戸は静かだった。
 「うーん、生きてるかな」とぼやいた朱鷺貴に「人の臭いはするようですよ」と、翡翠が告げる。

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