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戸を開ければ一瞬にして殺気立ち、一斉にトサキン一同から視線を浴びた。
寺に似つかわしくないもんだと朱鷺貴は「あの、」と堂々とする。
座る武市は睨み上げるようにして「なんやろか」と朱鷺貴に問う。
「…あんたらに寺の仕事を任せたいのだが武市さん」
「…寺の仕事?」
「まぁ居るからにはそんくらいしてもらわないと。もしくは早々に出て行って欲しいものだが」
その宣告に一同の殺気は少々増し、
「我々はいま時世について事を起こそうと思案している」
と、偉そうに返ってきた。
「…で?」
「は?」
「いや、寺というのは俗世を捨てた浮いた場所なんで、そんなものは関係がないと、先日俺はあんたに申さなかったか」
「…お主は何を」
「何をって、まず人ん家に上がり込んだ客人が言うことでもないだろう。いいか?これは人としての礼儀だ」
朱鷺貴は腕を組み武市やトサキンの志士と対峙する。
「人は皆平等なんで。
志士様々に“郷に入れば郷に従え”などと説法を説く気はないが“一宿一飯の恩”という言葉を授けようと思ってなぁ」
武市は思慮深く黙り込む。
「そりゃぁ確かに、人々の暮らしだなんだと考える立派さは坊主と変わらぬ程だと思う。我々は人の生活の末、いや、共にあるものだからな。ならこちらが言いたいことをわかって欲しい。
あんたらに貸しているこの堂。ここは本来葬儀や法事に使う場所で、あんたらがいるお陰でその公務が疎かになっている、と」
「…まぁ、」
「なぁに、だからと言って仏門に入り修行して経でも読めだなんて言わない。せめて寺のために掃除、炊事、洗濯くらい手伝えと」
「ふっはははは!」
ふと後ろから豪快な笑い声がした。
聞いたことのある声だなと振り返れば、寺坊主が迷惑そうに一人の、癖っ毛で背の高い大柄な男を連れていていた。
…近江の橋渡しだった。
「おんしゃぁ、あん時ん坊さんやないか。へへっ、武市はんに箒持たせようちゅーんは、あんさんやはりおもろいなぁ、」
「…坂本っ!」
武市は驚いたように男を呼ぶ。
それに一同も「坂本!?」「帰ったがや?」と沸く。
「あぁ、」
翡翠が嫌そうに、いや、少し殺気立つように声を低くした。
「お久しゅうなぁ」
朱鷺貴が坊主に「ご苦労」と頷けば、さっさと坊主は本堂に帰る。
坂本、その男はにやにやしながら「ここに同士が居る聞いてな」と言った。
「…あんたか」
「覚えていてくれちゅーようでなにより。そん人ら預かってくれたんも礼を言う」
「礼には及ばない。勝手に使われて困ってるんだが」
「ほぅそうけぇ、堪忍してや」
「坂本、おんし何時戻ったんや、」
「つい数日前じゃ。待たせたな武市はん」
…確かこの男、近江ではこの武市をばっさりと捨てたのではないか。1年も前の記憶を呼び寄せる。
「…申し遅れた。わしゃぁ土佐の坂本竜馬《さかもとりょうま》言うもんじゃき」
「…記憶に薄いがそんな名前だったか」
「まぁ、才谷…なんと名乗ったか。ありゃぁ偽名でな」
「そうか、やはりお尋ね者というものか。なら話が早い。引き取るなら黙っていよう。そうじゃないならそれ相応に働けよ」
「まぁまぁちょっち、おまはんらも話をせんか?言うても、時世の話やけどなぁ」
いちいち胡散臭い話をどうするものかと翡翠は朱鷺貴を見るが「時世の話ねぇ…」と、良い口調ではなかった。
「今しがた武市さんには言ったもんだが、坊主というのは俗世を捨ててるもんでね。
だがまずは、じゃぁあの寺燃やしたあたりの話をして貰おうか。俺はわりと根に持つ方なんだ」
「…あぁ、そんなこともあったかもしれんなぁ。あれも必要な力やった、そんなところからどうじゃろ」
「…必要だっただと?」
露骨に顔をしかめた朱鷺貴はすぐに顎で「まぁ入れよ、」と堂を促す。
「何言われても納得はしないだろうけど」
「坊さんにゃぁ勿体ない話かもしれんのぅ」
「はぁ?」
「まぁ、ドデカイ話に変わりはない」
朱鷺貴の組んだ腕を掴む手に力が籠るのが見える。
皆平等と言うのにすがるほど安い男ではないが、
「あぁ、わてもそれは聞いてやりたいところで」
と翡翠が食いつく。
「…如何様にしてあんさんが命を無下にしたのか。いや、あんさんやないかもしれへんなぁ、返答によっては」
「ダメだぞ翡翠」
だがこうも制する。
「…茶っ葉切らしてんで持て成しは出来んけどな。聞き流す程度に時世を見てやるよ田舎者」
「ははっ、ええよ別に」
「…坊主は面倒なもんだな翡翠。まあ興味に使うとしよう」
押し殺し震える朱鷺貴の声に怒りは感じる。
確かに面倒かと、それでもそうしなければならないと言う朱鷺貴に対し思うことはあるが、仕方のない。
過去を、振り返るのなら相応の腹が必要なのかとまざまざと見せられる心境で。
「…そうトキさんが言うなら仕方ありまへんね」
だが坂本という男は笑っている。
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