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「そんいやぁ、おんしゃぁ鷹さんと兄弟の契りを交わしたって聞いたがよ」
朝から、長閑でうるさい事情。
あれから数日、何故かトサキンどころか、ふらっと現れた坂本というデカい男も居座っている。
今は廊下に寝そべり翡翠の掃除の行く手を邪魔をしていた。
「…あの、」
「まぁまぁ隣に」
「少々退いては頂けまへんか坂本さん」
「ん、はい」
坂本は縁側に座り直し「ほれ、」と、翡翠に隣に座れと促すが、坂本が居座り雑巾で拭けなかった場所を拭いて去ろうと考えた。
しかし「まぁ待て待て」と袖を引くのだから最早雑巾を投げつけてやりたかった。
「なんですか一体」
「聞きたいことがあるきに」
「…こっちとしてはお答え出来ることもありまへんけど」
「ちょっち、な?」
へらへらしている。
「そんなら納屋から箒を持って来て下さいな」と言えば「うん、ええよ」と、あっさり従おうとするのだから溜め息が出る。却って自分の逃げを失ったかと、翡翠は坂本が立った場所を念入りに拭いた。
箒を持ってきた坂本が「でな、」と言うのでそれを奪い逆さに立て、持っていた雑巾と交換する。
我ながら受け入れてるのか拒絶なのか、仕方がない、ここは寺だと面倒さを感じる。
「おんしゃぁ変な男じゃなぁ、箒はそんじゃ使えんじゃろ」
不思議そうにする男に「これは嫌味やで坂本さん、」と笑顔で答える。
「はぁ、嫌味かぁ」
「あい」
「おんしゃあ鷹さんとは親密やないんか」
イラっ。
この男本気で空気が読めないなと「そらぁ住む世が違いますんで、」と直に返した。
「なら尚のことええなぁ。なぁ、どなんして険悪に|なれた《・・・》ん?」
引っ掛かった。
箒を持ち直した翡翠は結局手を止めたまま「はぁ?」と返答。
「…嫌味も直やとやはり品もあらしまへんなぁ、」
「嫌味じゃなかよ。おんしらと違うきに」
「捉え方、気持ちの持ちようやで、と言うしかない」
「はぁ、なるほどにゃあ」
何がなるほどなんだと思えば坂本が惜し気もなく、己が寝転がっていた場所を拭き始める。
なんの嫌味かと「もう済みましたえ」と言うのだけど、思い付いたように「届かへんじゃろ?」と、柱の高いところを拭き始めたのでやはり馬が合いそうにないなと、自分は何してるんだか、馬鹿らしくなって掃除を再開することにした。
「しっかしそれで坊さんになるっちゅーんは不思議やなぁ。聞いたら藤嶋さんとこにも居たっちゅー…」
無視をする。
何故この男は知りもしない一介の自分を詮索したのか。
「おんしら日本を見回ったそうじゃけんど、どうじゃった?」
無視。
「まぁわしもいま見聞中じゃけん、なっかなか、おんしの藤嶋さんの話が…いんや、吉田先生の話もいまだ手に掴めんくてなぁ。先人より、今を生きる者ばかりが手本な気がしちゅうがよ」
どうやら、一人で勝手に話を進めるらしい。
しかし、思い出せばこの男、「日本ばかり見ても仕方がない」と以前は言っていたような。
「…藤嶋さんに言われてな、結局そんな場所に留まっては何も出来ゃあせんと」
「…あん男は今やしがない宿屋の店主でしかない。国の生き死になど関係のない人ですよ」
「そうかねや?」
しまったなとまた無視をすれば「まぁ、そうじゃろな」と、坂本が笑うのだからつい振り向いてしまった。
目が合うと坂本はにやっと笑い、「そんならやはりあん男ん話に乗ろうかねぇ、」だなんて言うのだからより意味がわからない。
「…意味がわからない」
「却っておんしの心と近い気がしちょるがよ」
「…わてを丸め込む気で?より意味がわからない。ここに居るなら掃除くらい、」
「あぁ、そうじゃき。掃除したいがよ」
…どうにも話が噛み合わないが、「薄汚れとるんじゃ、この世は」と、何故だか急に、思慮深い。
「…おんしがしかし、離れた理由もわかる気ぃもしてきゆう。わしゃあ夢が見たい」
「…はぁ、」
「あん男ん話も合点がいった。あん男、思ったよりも恐ろしゅうなぁ」
「…さぁ誰でしょう」
「藤嶋宮治じゃ、わかるじゃろ?
ははぁ、無差別と言うんをある意味おんしら坊さんよりも知り尽くしちゅうな。わかるか?」
「いや、」
…確かに仄暗い。
「…良い意味ではありまへんな、嫌味でっか」
「せやからおんしらとは」
「あん男は遊び人ですえ。その先にどんなもんがあるか、破滅的だというんを知らない」
「…流石小姓さん」
嫌味か。
不愉快だ。
「…疲れます。わてはもう掃除は終わりましたんで。終わったら雑巾を洗っておいてくださいね」
「ははっ、おおきに。話せてよかった」
「あぁ、そう、」
「身震いがする、」
声も低くそう言った坂本は翡翠を睨むように見ては「医者坊主はええなぁ、」と吐き捨てた。
「…こん衝動がわからないがか」
「…変態臭い、」
「あぁ、そうやね。じゃが、踏み台にはなれんなぁ、」
「はぁ…」
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