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 結局この男と帰り道を共にしたなと、互いに複雑な思い。
 それぞれ、何を考えるか、考える義理はないけれど、と思えば「下士はな、」ぽつりと岡田が言った。

「…草履すら履くこと、許されんのじゃ」

 ふと気紛れに振り向くころには何故だか、先程までいたせいか、翡翠は郭の頃を思い出す。

「…郷士は精々、上士の前で草履は脱げばええんじゃけんど」
「…はぁ、」
「俺は下士で、竜馬と武市さんは郷士じゃった。武市さんは騒動の前に上士になったけんど」
「騒動?」
「あぁ、土佐でな。
 上士が郷士の肩にぶつかった。郷士は謝ったんじゃが殺されてしもうたんよ。刑罰も結局悪いのは郷士側になった」
「…酷い話やね」
「土佐っちゅーんはそないな場所なんじゃ。昔っから俺たちは、そげなことに苦しめられて。
 いつか上士を見返しちゃるって、そう変わらず歩いてきたと俺は思っちょる」
「…しかし、」
「あぁ、どうやら違うのかもしれんにゃあ。わからん。
 竜馬は狭い話じゃと言うし半平太は、もそっと偉くなって…変えちゃると。けんど、そんはどっこも変わらん。俺にはそれしかわからんのじゃ」
「…岡田さんは何故、武市さんに着こうと?」
「憧れなん。俺らの中で、まさか出世したんよ?そんなん、想像も出来なかったんじゃ」

 そう人懐っこく言う岡田に、「なるほど、」と、小難しい話でもないなと、少しだけ昂っていたものが静まったような気がした。

「…岡田さんが一番、わてとも近く感じますなぁ」
「そうかねや?あんさん坊さんやないか」
「…そうやねぇ」
「けんど確かに、なんだか俺と同じ臭いもする」
「血生臭いやろか?まぁ、外れてはいまへんよ。足洗ったって消えませんからね」
「あん、胡散臭いヤクザの」
「ええ。まぁ、命を助けられたんは事実やけど、ただ生かされた言うんも正しい。ホンマは当て馬やったと最近、漸くわかりましたよ」
「…そうかぁ。俺もそうかねぇ。どっちに行っても」
「なら、」
「うん、そうやね。けどやらにゃぁまたあの、地獄のような日々に戻るんじゃ」

 …そうか。
 どうにも、霧も晴れないような気持ちに、嫌にでもなるものだと感じた。
 何を感傷的になると、確かに翡翠にとっては岡田の話はその程度だけれども。

「寺に入ってみてはいかが?なんて、くだらないやろうけど」
「ははは、俺ぁ楽にあの世へ逝けるじゃろか」

 しかし無駄に助言をしてはあの下衆野郎と変わりもないのかもしれない。

「…では、いつか坂本さんや武市さんと刃交えるときが来たら、」
「…考えてもみんかった。けんど、そうなったときに考えるしかないな。俺ん死骸なんて、犬も食わんもんだとも思うがや」

 この界隈を生きる者は皆、そういった物言いをする。
 それが「手を汚す者」というものかと、当たり前に翡翠は思う。

「さぁて、誰が生き残るかのぅ」
「…どっちも生きとったらええなぁ、岡田さん」
「はは、坊さんはさっすが優しかね。ホンマに殺り合うたらそない、無理な話や」

 …では、藤嶋と藤宮が今殺り合ったらどうなのだろうか。
 確かに歴史では藤宮が死んでいる。それは“身内の問題”だった。
 どうしようもないことが過るが、どこか遠くにあると考える。この遠さが俗世を捨てるということなのか。
 本当にそうなのだろうか。

「…岡田さん。
 捨て駒と当て馬は違うと思いますよ」

 こんなに他人行儀なことを言うほど自分は傲慢になったか。優しい気になっている。
 そんなことを思うのに、岡田はにかっと笑い「あんさんとは友達になれそうや」と言う腹が、翡翠には正直に受け取れない、曲がっていた。
 「そうですか」と、きっと素っ気なく返している自分は、なんなんだろうと考える。

 そこからあまり喋ることがないのは遠くて近いような曖昧なものだろうか、他愛のない話もした。

 寺につけば朱鷺貴が門の辺りで「あっ」と翡翠と岡田を見た。

「あっ、トキさん」
「…どこ行ってたんだ、探したぞ」

 まさか「郭に」なんて言えないなと思ったが、あっさり岡田が「島原じゃき」と言ってしまえば朱鷺貴は眉を潜め「てめぇ、」と怒る。

「…いや、はぁ。違いますよ」
「あぁお前、トサキン。お前んとこの大将が堂でふんぞり返ってんのだがあと半刻ほどで法要なんだ退かしてくれ」
「はぁ、え?」
「ったくなんなんだあいつ。他のは仕方ねぇから離に移した、荷物持って取り敢えず移動しろ。うんともすんとも言わねぇ大将に叩き出すと伝えてくれ」
「…はぁ、」

 微妙な返事を返す岡田に「とにかく早く!」と朱鷺貴は指示する。
 流されるように、というか何も考えていないようにふらっと南堂に向かう岡田の後ろから「参りましたね」と翡翠が言う。

「法要じゃ準備もありますかね」
「大方、物は襖の前に運ばせたんだが」

 三人で南堂へ向かう。

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