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幹斎と藤嶋が向かい合って座ったところで、朱鷺貴はテキトーに半紙を引っ張り出してくる。
翡翠は「煎る時間もありまへんけど」と、緑茶の準備をし始めた。
「…この寺はつくづく客を歓迎しないな」
「ははは、まぁ客じゃないということだ。なんせお前は死んでいないからな」
そう幹斎が笑い飛ばすが「さて、」と、藤嶋は重々しい空気で頭を抱え、「何から話すべきか、」と考えた。
「耳の話のみで良い」
「坊さんは欲がなくていいもんだ。じゃぁ耳の話で」
言いながら藤嶋は懐からふと、読むでもなく手紙を取り出した。
「今朝方、妙な男から手紙が来た。先程話した坊主の話だ。
暗澹《あんたん》の澹の字に空と書いて澹空《たんくう》と名乗っていた坊主で、一昨年に病死したとこの手紙で知った。
この手紙はその息子から来たものだ」
「そりゃぁ卒塔婆がいらねぇようだが」
「こいつはな。
澹空の元の名は三条実万《さんじょうさねつむ》と言って、右大臣だった。
池内大学《いけうちだいがく》という儒学者が天皇になれと推すほどの男でね。その池内には、俺も幹斎も世話になった」
翡翠が茶を組み藤嶋に出す。
藤嶋は一瞬顔をしかめるも、にこっと嫌味ったらしく微笑んだ翡翠に「けっ、」と言いながら口を付ける。
「そうだな。池内先生には世話になった。そうか、三条さんは坊さんになっていたのか」
「安政の大獄で追放されてな。
あの耳だが、実万の息子、現在謹慎中の実美《さねとみ》曰く、一昨年に江戸の伝馬町で梟首《きょうしゅ》になった池内の連絡係、鵜飼幸吉《うかいこうきち》の物ではないか、と手紙にあった。どうやら、そいつにももう片方の耳が送られてきたらしい」
「…確かに池内先生はまぁ、尊攘論者だったが。池内先生も処罰が下ってしまったのか」
「いや。けど関係者ばかりが死んでいる。
…最近この構図はよくみるような気がするよ」
「…それがお前の話した長州か」
「察しがいいな。そゆことだ。
三条実美は土佐の山内容堂と豊範《とよのり》を動かそうとしていると先日俺は察したよ」
「…そこでトサキンが出てくる…と?」
「ご明察。まぁ堕ちた者同士だな。
…その耳の鵜飼幸吉だが、実美が罪を擦り付けた男なんだよ」
翡翠が淹れた茶をごくりと飲んでは「やはり苦いな」と藤嶋は苦笑した。
「ん?待って待って誰がどうやら」
朱鷺貴は半紙に関係図を書いていた。眺めてぐるぐるしている様子。
「…池内先生の連絡係が安政の大獄で梟首にされたが、それはそもそも池内先生が天皇へと推していた坊主の息子が原因だ、ということかな」
「そう。池内大学がそもそもの尊攘論者だったから弟子たちも影響を受けまくっている。ちなみに実美も池内大学の下で学んでいた経緯はある」
「…つまり?」
「…いいかクソガキ坊主。
そもそも安政の大獄は反幕府思想への戒めだ。歪みがあるのは、天皇は条約に判子を押さないほどの異国嫌いだ、という点で、公家なんてもっての他幕府のことが嫌いな人種が多いわけだ」
「…トサキンは確か安政の大獄で退いた藩主を動かそうとしてたよな」
「そこに手を貸そうとしてるのが手紙の主。
そいつと俺のところには犠牲者の耳が送られてきた、てわけ」
「うわぁ自業自得」
しかし、「いや、俺は関係ないんだよ」と藤嶋は茶を飲もうとするが、なくなっている。翡翠を少し睨む。
仕方なく翡翠はまた茶を注いでやった。
「いや関係なくもないじゃん。あんた大分説き伏せてたけど」
「俺は三条実美に田舎者を紹介しただけだけど。あいつらだって参勤交代で京に寄ってたついでだし」
「だがあんたが説き伏せた「尊攘理論」に武市さんは不満そうだったぞ」
「いいんじゃない?あとは使いたい奴が使いたいものを使えば」
「…なるほど大分あんたが無責任だと言うのがわかったわ」
「それはつまり誰の仕業なんですか?」
翡翠がそう突っ込むと「あ、そうそう」と藤嶋は話を戻すことにした。
「…まぁ、大方、四奸二嬪《しかんにひん》とかいう、下品な公武合体派の公家かなぁとしか思い付かないな。
三条実美はこいつらを潰したいみたいだし。俺も別に公武合体は無謀だとは思うが嫌いじゃないけどねぇ。やはり和宮の降嫁が火種となったかな。
ま、あとは時期も被ったし、もしかすると三条実美が当て付けで俺に送ってきたのかもしれないし」
「いまの一人言みたいなやつ総じて全部わかんねぇんだけど」
「尊攘だから公武合体を潰したいというのはわかりましたえ」
「うーん、いやまぁ三条実美はどうやら公武合体は賛成なんだよ。
姫取られたのが公家達には凄く反感を買ってんだよ公武合体てのは。で、公家側がどうして幕府と仲良くしたいかという理論の一部には「攘夷をしてくれたらいい」と言うのがあるから、似たり寄ったりな面がある、というところ」
「…複雑化してますな…」
「疲れるから俺にはいまの公家は向いてない。だろ?」
「確かに。
その三条実美さんというのはでは、公武合体論なのに何故謹慎を?」
「あぁそれな。耳に関わってくるやつ。
三条実美は、一昨年あった「戊午《ぼご》の密勅」の立役者なんだよ」
「またわかんないの来た」
藤嶋は溜め息を吐いた。
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