1


 朱鷺貴 宛

 此処は山崎の戦の由縁通り、少々狼煙の匂いが立込める場所成。

 自然が綺麗な場所だが、鬱蒼、火差すと云うべきか、寺で如何様にもこうした煙には慣れたとばかり思っていたが類いが異なるようだ。
 下火は如何様か。火は、着々と目に見えず広がっているかと心配する。

 鉄砲は香のように鼻に抜ける訳では無い、其殆どが燃える炭臭さ、如何様か鉄や金や紙といった物が混ざるのだから邪念なのかもしれない。
 金を使うのは決まって客人というのは世の通説。其は客という事情故に道理と片付けるのが私の仕事に今相成っている。人員不足とあって正直、忙しい。

 早々、雪解けに近い限り。降り注ぐ物は桜で在ればと願うこのごろ。
 尚、御尋ねされた修行期間に関しては未だ尚早と考えるばかりです。

 3月某日 南條幹斎



 本日届いた幹斎からの手紙を閉じ、朱鷺貴はぼんやりと寝起きを覚ます。
 側で茶を淹れる翡翠が「和尚はなんと?」と聞いてきた。

「あっちはどうやら火で暖かいらしいぞ」
「それはそれは…」

 「へぇ、」と翡翠が茶を寄越してくる。

「読むか?」
「いえ、結構です」

 幹斎が山籠りを始めて二月ほどが経った。
 一月の末、幹斎は

「思うところと未熟さ故、暫し修行をしてくる」

 と、天王山てんのうざん天王山にある宝積寺ほうせきじに世話になることになったのだ。
 こうも来れば最早幹斎は、令を受け取った時点でもうすでに先方とやり取り等をしていたのかもしれない。

 幹斎は特に何も言わずと、こうして朱鷺貴に修行の録を送りつけてくるようになった。

「…表立っては何もないが、お偉いさんが寺に賽銭をぶち込んでいったらしい。山崎の戦だとよ」
「あぁ、そういった話で?」
「あぁ。…どうかな、本当に島津光久なのか…」
「藤嶋やろうか。
 …本当やったら薩摩の目的はなんやろね。天皇さんと仲良しなのか、いや、脅しなのかと…まるでヤクザや。しかし山崎の戦など皮肉が利いてますな。
 まぁそれはそうとして、トキさん。今日は朝から出張やで」
「うん…まぁ最近大体そう」

 幹斎の修行に伴い、幹斎の行っていた公務の大体を、朱鷺貴がこなすことになった。
 江戸へ旅立つ前の朱鷺貴は、その公務の補助をしていた。ので、あまり違和感もなく移行は出来たが、それでも遥かに忙しくなった。

 仕方なしにと起きた朱鷺貴はまず始めに仏壇に手を合わせた。
 翡翠もそれに習い少し後ろで手を合わせる。

 ふと朱鷺貴が「確か醤油屋の十三回忌だったか」と、いつもより間が早いような、そんな頃合いで思い出したように言った。

「えぇ」
「…懐かしいな。というのもおかしいんだが、以前三回忌と七回忌の際に幹斎と赴いた」
「そうなんですか」
「ずっと寺に来ていたんだけどな。そうか自宅になったか」

 朝の日課が終わった朱鷺貴は経文やら何やらと、必要なものを用意し始める。
 翡翠は箪笥から、出張の際の白衣と黒い空衣を取り出して持ってやる。
 作務衣さむいから着替えながら朱鷺貴は「確か先代の主人でな」と話を続けた。

「葬儀も覚えている。12年も前だと…丁度幹斎に付き廻り始めた頃か…、あの頃は狐狼狸が大流行して、酷い死体なんてたくさんあったんだが、」

 合いの手で翡翠が白帯を渡してくる。

「これも妙な言い方だが、また違った類いで…遺族は寺に来る前に遺体を洗ったそうだが、主人はなぁ、醤油樽に足を滑らせちまったんだよ」

 翡翠に掛けられた空衣に袖を通す。
 翡翠から渡された萌黄の輪袈裟に朱鷺貴は一瞬「うーん…」と考えた。

「あれ、違います?」
「いや…うーん、気分的に五条袈裟にする」
「…はぁ…」

 果して気分の問題なのか?
 翡翠も一瞬考えたようで「あ、いや…」と朱鷺貴は付け加えることにする。

「いや、合ってるんだけど、出掛けるしなんなら十三回忌なんてな、着るのも手間なんだが…ジジイの代理だし、何より長い付き合いだから…てのも」
「変な話やねぇ」

 しかし翡翠はちゃんと変わりに五条袈裟を渡し、「どうぞどうぞ」と大威儀たいいぎを右肩に通してくれた。
 自分は前でそれを結ぶ側でちまちまと翡翠はやりにくそうに小威儀しょういぎを結んでいる。

「…お前も慣れたなぁ」
「んーまぁなんやかんやで。半年以上もあれば」

 ぱっと確認し「トキさん絞めすぎやねぇ」だなんて言ってくるのだから、随分なものだ。
 指摘されまた結びを解きながら「あれから12年か…」と呟いた。

「…まぁ縁というのは何事も」
「まぁね。しかし最後なのかなぁ。そこの醤油屋は、そんな訳でずっと寺に来て、親族のごく一部だけでやっていたんだよ」
「……なんや、そん話でふと思い出しました。トキさんは密葬担当やったん?」
「…ん?
 …どうだろう、特にそんなつもりはないが…なんせそこまで偉くもないし…。あぁ、まぁ急な法要は確かにそうかもな」

 袈裟を結び直してそう言う。なんせ官位で言えば上から3番目なのだ。

「さて、あぁうん、上出来やでトキさん」
「はいどうも。じゃあ行くか、お前もたまには」
「……へ?」
「なんせこれ程だ、何、焼香と荷物持ちでいい。俺の半袈裟もあるし黒の単もあるだろ」
「えぇ、坂本龍馬みたいになりまへんかそれ」
「何その認識。あいつは袴だしそもそも他にも沢山いるだろうが。ここにはもちろん、街にだって」
「兄も割と黒いです」
「…直結するには大分混乱な回路だよ、お前どんな頭してんだ」
「普通の…他所行きさんてなんや違和感が、」
「あーそうだね確かにお前は割とそうだねぇ、え?まさか持ってるよね」
「多分あったような気が……あぁ、えっと宿から持ってきたんかなぁ、彼岸花のやつ」
「…わかった、ジジイの余った空衣を借りてこよう。悠禅を捕まえて」
「え嫌やジジ臭い」

 盲点だった。
 半年以上それで困らなかったなんて。確かに他所行きというのは初めてだが…どうしてたんだっけと思い返す。
 確かに作務衣など有り余っている、だからかと答えに行き着いた。

 「ちなみに袴は嫌いやからぁ!」と言う的外れな我が儘も無視をした。

- 51 -

*前次#


ページ: