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 しかし、案外着てみれば「わぁ!思ったよりも洒落ている気がしてきた!」と、寺坊主に似合わぬ発言をするのだから、着付けを手伝った悠禅が「はぁ…」と言うばかり。

「あは、この浅黄色の袈裟も借り」
「そういうんじゃないんだよそれは!」
「んーせやかてこの輪っかなんや地味〜」
「遊びじゃねぇんだから。大丈夫そこそこ似合ってるような気がしなくもないから早く、押しちまうわ!」

 自分から提案したのが悪かった。しかしまさか作務衣で行かせるわけにもという考えが甘かった、事前準備というものがない。

 法要の癖に偉くバタバタと、すれ違った壮士とすら
「なんや、ははっ、馬のようやね」
「馬子にも衣装やねん!」
 だなんてバチバチしつつ二人で寺をあとにする。

「なんやあの鈍陰険ハゲ坊主め。あん人ホンマ嫌い」
「まぁわかるけどお前なんか…俺より仲悪くないか、アレと」

 「あっひゃっひゃっひゃ、アレ、アレ〜」と、というか翡翠の機嫌がやけに良い。体温が高めだ。

「あん人なんやいちいち嫌味ったらしいねん」
「うんわかるよー、お前どうしたんだその調子の良さ」
「ん〜、べっつにぃ、よくなぁい!」
「…いや、本気で法要中はいちびるなよ、わかってると思うけど」
「そりゃぁ、」

 しかしこう言った公務を任せて初っ端この様子では…しかしまぁ翡翠に案外度肝を抜かれる事には慣れてきた、自分の調子を崩さないようにと朱鷺貴は「摩訶〜ぁ、般若〜ぁ波ぁ〜羅〜ぁ蜜ぃ多〜ぁ心経〜ぅ」と唱えながら歩く。
 当たり前にすれ違う町人の目を引いた。

 しかししかし、そういうものなのかと勘違いした翡翠が「舎ぁ利ぃ子ぃ〜」と入ってくるのだから結局ぴたっと止め「違うからホンマにっ!」と言いつつもあれ、こいつ何気に覚えているなと関心も過った。

「えぇ、何、いつ!?」
「ん〜そ〜やね〜」
「やめろアホ乗せるな経に!」
「いやはや…」
「いつ覚えたのそれぇ、」
「えぇ、いつやろ、わからん」
「…流石だな。うん一個追加、一緒に読んで」
「摩訶ぁぁ、般若ぁ波ぁ〜羅〜ぁ」
「あ、少しなんか違う気持ち悪いなまぁいいけども、今じゃなくて」

 結局なんやかんやと教えたりなんだりとしているうちに醤油屋へ付き、先代の奥さんに「あぁ、もしや朱鷺貴はん!?」と、軒先で出迎えられた。

「…お見苦しいところを。お久しぶりでございます。幹斎が少々…山へ修行に出ておりまして。代理で恐縮です」
「はぇぇ幹斎はんそうなんやね。あんさんそないに大きくならはったんやなぁ、ちびっこかったんに」
「えぇ…まぁ…」
「あらぁ…。
 こちらはお弟子はんどすか?」
「はい、」
「そうどすか〜、はばかりさんどす。さぁさどうぞどうぞ」

 まるで、親戚の家のような対応だった。
 「ではでは」と醤油屋の敷居を跨いだ瞬間にはっきりと、醤油の匂いが立ち込めこの家の葬儀をした日を思い出した。

 寺で、蒸せ返る線香の臭いは嗅ぎ慣れてきた頃合いだったのに。
 白装束に着替えた先代店主の遺体から微かに、しかし強く放たれた醤油の臭い。自分は場の雰囲気にはまだ慣れていなかった、いまこうして自分を迎え入れた妻はそう、信じられないと言いたそうに泣いていて。
 その場の全ての状況故か、どうにも醤油の臭いに気付いて急に気分が悪くなりその場から退出したあの日。
 それがこうして十三回忌と、気付けば仏間に上がっているのだから不思議な気分になる。

 落ち着いた三回忌では、
「そんでも、おっとさんは職人やったんよ」
と…当時10歳程だった店主の次男が確かそう言ったのだけど。

 仏間には、それから跡を継いだ長男と奥方しか居なかった。
 次男は…恐らく翡翠と同じ歳の頃合いだったはずだ。見当たらなかった。
 確かに十三回忌ともなれば世帯のみで行うのだし、もしや家を出たのかも、知れない。

「…お揃いですか」
「ええ、そうですね」
「…わかりました」

 漸くこの家もこうして、整理は着いたらしい。
 長男が軽く頭を下げる。まだまだ初々しいようだが、それでも継いで少しは経つだろう、そんな雰囲気だった。

 朱鷺貴は礼もし、座り、一度スッと胸の一切を払っては「摩訶まか般若般若波羅蜜多はらみた心経しんぎょう」と、経を読み始めた。

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