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経が済めば「おおきにどうも」と、すぐに奥方がお茶を用意してくれた。
「…そう言えば弟さん、いらっしゃいましたよね」
「あぁ、まぁ…」
「はぁ、お恥ずかしながらあいつはいきりましてなぁ」
長男、現代当主はそう言って続けた。
「醤油屋なんてやってられへん!言うて、なんや流行りのあれどすわ、尊皇攘夷?と、家を出ていきましたわ」
意外な話に朱鷺貴は「…へぇぇ…」と、妙な返事で茶を飲んだ。
「意外ですね、」
「お父ちゃん、お父ちゃんと言うてましたからねぇ…」
時代は変わったものだ。醤油屋の倅がそうなってしまうなんて。
やはり時間が経てば人はこうして変わっていく。それに関して、複雑だが彼もひとつ…捨ててしまったのかと思えた。
「…そんなこんなで、次はぁ…どないしようかねと…。何分早ぅに亡くしてしまったさかいに」
「まぁそうですね…」
正直、最後の五十回忌など殆どないものだ。あっても代替わりするのだし、その頃には故人を知る者すら大体はいなくなっている。
「普通は一体どないなんどす?」
「七回忌までは確かに皆やるもんですが…最後が50までありまして三十三回忌か五十回忌に弔い上げが多いですね。一応は三十三回忌で極楽浄土へ行く、とされています。
このあとは17,23,25,27とありますが、省略が殆どですね」
「なるほど…33となれば私も生きているか…」
「そう言ったことが割と多いです」
「そうどすか…」
「あとはまぁ、結局は整理の問題なので。遺された遺族が考えるんでしょうかね。
三十三回忌は、結構盛大にやりますよ」
「しかし…」
奥方がにっこりと笑った。
「ウチも條徳寺はんも代が変わる言うんも…けったいな話やけど、なんや微笑ましい」
「確かに」
互いに笑い合ったところで「あぁ、忙しないね。おおきにね」と奥方が言うので「いえいえ」と漸くお暇することにした。
「あぁ、お醤油持ってってな」と醤油を持たされ、「また、」と醤油屋を去る。
「あー、なんだかほっとした」
「そうですか」
「うんまぁ…代理だと歓迎されない場合も…なくはなかったからなぁ。ましてや醤油屋はずっと家族のみ…と、それは悲しみが深かったんだと思う。事故が事故だけに」
しかし。
「そうかぁ、弟くんは家を出たのか…。12年もあれば変わるもんだな」
「そうですねぇ。12年だとわては…」
一瞬翡翠は詰まったようだが「あぁそうだ」と控えめになる。
「丁度…そのあたりですかねぇ」
「ん?」
「なんというか…」
その翡翠の口ごもりに「あぁ、」と朱鷺貴は察した。
「俺もそんな感じだなぁ感慨深い」
「不思議なことに家族と過ごした時間より、長いもんです」
「俺は丁度同じだなそう言えば」
「そうですか」
「そりゃぁ変わるわけだ」
良くも悪くも、過去とは薄れていくものだ。
「さて次はなんだっけ」
「うーん、確か夕方あたりに納骨がありましたっけねぇ」
「そうか…それまで時間は少しあるか」
「冬に比べて大分楽な気がしますね」
「冬は身体に染みるからなぁ」
そういえば。
「…寺に戻って早一年か」
「あぁ…そんくらいかもしれまへんな」
となれば気になることがひとつあるが、良い加減まぁいいかと聞くのをやめる。現状翡翠はいま、寺にいるわけだし。
しかしふと、伏せ目になり「実は…」と翡翠から話し始めた。
「おみよさん、少々調子がよろしゅうないようなんですよ」
「…へっ!?」
急に的を射たのだが、内容的に「どうしたんだ一体」と突っ込まざるを得ず。
「やはり寒さの頂きからか…風邪が長引いているようなんやけどね」
「…風邪…」
「春先になり少々落ち着いたらしいんやけど」
「……うん?」
「くしゃみをするとぼーっとするて、確かにあることですよねぇ」
「…それはなんだか不安になって良いのかなんなのか微妙なんだけども」
「うーん確かに」
「風邪は拗らせると厄介だからなぁ。早く治ると良いけど」
とはいってもこの二人が果たしてどれ程の頻度でやりとりしているか、定かでないし。
というか、こちらは麗しいくせに俺はハゲ坊主と手紙のやり取りをしているのか、と若干思ったが打ち消す。しかし、これも更に言わない事柄。この二人本当に良いのだろうか…。
そうこうしているうちに寺には帰ったが、帰ってすぐに「朱鷺貴殿」と、坊主が一人側に来た。
「ただいま、どうした」
「客人が見えました。半刻程お待ちになって頂いているのですが…」
仕事かなぁと当たり前に思うのだが、坊主が紙を取り出して「これを」と渡してくる。
南条殿へ
この者、僕の友人の桂小五郎という大組士成。僕は皐月の頃に旅立つ所存、是非とも御話願いたく候。
高杉晋作
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