5
「あんた、」
漸く朱鷺貴も聞き出してみることにした。
火急、確かにそれは高杉や久坂、その辺を思い返せば話も見えてくる。
「は、」
「…石橋は叩いて渡る手か」
「…まぁ、そうです」
「大方あんたが何故来たのかわかったような気がする。
高杉さんと会ったときにも聞かれたのだがまず、藤嶋…あれ、名前なんだっけ」
「へ?」
翡翠がポカンとするさがら、桂が「もしや藤嶋宮治殿でしょうか」と、予想したのとは違うが、話が進んだようだった。
「あぁ、そうそれ。高杉さんにこいつが言ったんだが別に良いやつでもないぞ。むしろ俺はわりと嫌いだ。藤嶋は島原の男娼宿の主人だ」
「あぁ…、はぁ…。そうなんですね」
「どう嫌いかと言われれば良くも悪くも変態だから嫌いだ。ウチの幹斎曰く、言うことが全部当たる陰陽師のようなやつらしい。ちなみにその幹斎は今天王山に修行へ出ている」
「……お、えっと…情報がかなり今の一言に入ってましたね、えぇと、勝手ながら纏めさせていただくと藤嶋様の時勢を読む力についてと…いま、天王山と言いましたか」
「あぁそうだ」
「……ははぁなるほど大変為になりました。感謝します」
この男頭が良いなとそれだけで思ったのは翡翠も一緒だったようで「聡明な方ですね…」と関心をしている。
「勉強ばかりで頭が堅いと、高杉なんかには言われるのですけれども。もしよろしければお会いしても宜しいでしょうか、両名に」
「良いと思いますよ。行って突き返す性分でもないでしょう、片方は客商売で片方は坊主ですから」
「…はぁ、それでその…藤嶋様というのはいま退かれた公家の方だとお聞きしたのですが」
「それはそうやねぇ」
…そう言えば、一月。
藤嶋は「舞台に上がるかもしれない」などと漏らしていた。翡翠に少しだけそれは伝えたがどうなのだろうか。
「…我が藩の話を勝手ながらさせて頂きますと、藩もバラバラで内部抗争ばかりの、手の付けられない状態なのです。
我が長州藩としては佐幕、勤皇、いや、そうではない。国単位と日本を見たときにはどちらも見方などではないと捉えていまして」
「…それはまた他に聞かないような」
「ええ、そうでしょう。
天皇が国の頭というのは勿論ありますが、ひとつ打ち立てた案として「ならば頭である天皇が軍事力を持てばいい」というのが私や高杉や久坂の訴えなのであります」
固まった。
一瞬話が追い付かなかった。
「……と、言うのは、」
天皇が軍事力を持つ?
「…な、るほど…」
咀嚼して漸く「本当に斬新やね」と翡翠がやはり先に言う。
「…なるほど、よもや攘夷という考えを譲らぬのも確かに天皇さんやもんね。
お恥ずかしいながら、漸く藤嶋の意図が見えてきた気が致します。しかし腰が上がらぬままという打開策にはわてでも理解が出来る」
ペリー来航の頃を思い出す。
あれが恐怖であったというのは確かに一般の認識でもあった。
「それは確かに徳川代々の攘夷思想とも一致する、両方捉えた選択だという話で合ってますか」
「まさしくそうです。…今は高杉が上海に渡っていますが、手紙でやり取りしている久坂から聞いたところ…米国の植民地となった清国に高杉は大変驚いたようです。
我々は焦っている。それに一歩前へ出ようというのは薩摩で、薩摩は近々恐らく京に仕掛けるのです」
…島津光久がやってくる。
どうやら、藤嶋が言うより信憑性が出てきた。彼らは今を戦う武士だ、本当にそんな話が浮上しているのかもしれない。
なら、今は退く藤嶋宮治。初めてこの男の姿が掴めてきた。これはなんだ、何故そこまで読めたのか…。
時を読むということが、これ程のものなのか。
「…薩摩は、開港しているから、なんですか。何分俺は坊主なんで知識が追い付かない」
「それも大きくあります。その分輸入が盛んで、船など見慣れた環境です。先日私が長崎に赴いたとき…圧倒でした。あんなもの、日本は本当に潰れてしまうと」
「…それほどなのか」
自分の見聞にもそれはないものだ。実感が全然わかない。
それを武士というのは当たり前に体感している。
上州で少し読んだ、佐久間象山の書を思い出した。もう少し目を通してみたいと漸くここで思えくる。
「……人生勉強だというのは俺の父がよく言った言葉だった。何事にも常に興味を持ち自分で考えろと、ところが父が学ぶことは全く関係なく感じていた…」
人生の一端を見た気になる。
なるほどまだまだ自分は子供だ。
「…まぁ、似たような物でしょう。我々は火中で相手を見極めなければならないと血眼なのです。薩摩なら薩摩で、私には高圧的に思える。
居場所を聞けてよかった。私もまだまだ学ばなければならぬ身で…一歩間違えば長州、いや、日本が滅ぶかもしれないと思うと何かをしなければと」
「…俺も貴重な話を聞けてよかった。
しかし叩いた石橋は熱いようだ。俺には何も出来ないが、考え方が変わった気がする」
「疑心暗鬼故にこうした気分転換をというのも高杉らしい。やはり貴方でよかったのです。皆確かにそうだ、事実思考を広めようというのは難しい。
同じ長州ですら我々はどうも若手で…一歩間違えればただの気狂いだと言う線を、それでも保守的に守りたいと思ってはいるんですがね。少し周りも見えなければ仕方がないというのに」
少し憂いたような桂の表情に、まぁ、それほど壮大では苦労も耐えないものかと染々思えた。本当はやはり、自分と話す人間ではないのだ。
- 55 -
*前次#
ページ: