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 寺の側で、ちらほらと帰っていく喪服の人達とすれ違った。
 どうやら墓からその人達は出てきているようだ。

 丁度、自分も立ち寄ろうとしていたし、朱鷺貴がそこにいるなら都合が良いなと足を向ける。

 最後の一人が立ち去る前に、すでに朱鷺貴の姿を発見した。
 気付いた朱鷺貴は少し悲しそうなような…安堵も見える表情を浮かべたが、まずは視線で自分の墓を促してくる。

 その時急に翡翠は自覚した。

 そうか、そうだった。そこに自分は…居るはずで居なかったんだ。そして今の朱鷺貴の表情を理解すれば…随分と朱鷺貴は遠くから物を捉えていたのだとも理解した。

 途端に自分がどのような表情になったかは見えないはずなのに、柔らかく笑い治し「お帰り」と言った朱鷺貴に、やはり、自分は情けないままだからと、姿勢は正したつもりで墓に入る。

 言葉はなく、翡翠は自分の墓の前にしゃがみ、手を合わせた。

 どこか、江戸からずっとそわそわしているのも変わりもなく、合わせた手も力が入っているような気がしたが、恐らく、気持ちが沢山混じっているのだ。
 しかし言うことは一つだと墓前で顔を上げるのは早かった。

 どうやら朱鷺貴も手を合わせていたようだ。
 終わればすぐに顔をあげ「…どうやら」と染々と言った。

「肩の荷が降りた、って顔だな」

 朗らからしい。

 持っていた刀を下ろし、「お守り、おおきにでした」と言えたことに、ほっとする。

 受け取る朱鷺貴の手は、出る前と違って震えてはいない。
 何かは悟っているんだろうが、敢えて「心強かったですよ」と、笑って返せばやはり、「そうか」と短く返ってきた。
 そして朱鷺貴はじっとその刀を見る。何を聞くわけでもなく。

「足場が悪くて。1日掛かってしまいましたよ。あちらはもう少し積もっていました。
 池が綺麗でしたよ。まるでなんか、あっちからこっちが、雪溶けのようや」
「そうか、あっちはな、12月だしな」

 ただ。

「只今戻りました」
「……うん、そうだな」
「トキさん」

 手を出せば朱鷺貴はなんだ?とでも言いたそうに事を見ながら一度戻ってきた刀を、恐る恐る、いや、心許なく渡してくる。

「これ、貰っても良いですか?」
「…なんで?」
「使わないなら」
「…別に良いけど」

 ならばと、しっしと手で朱鷺貴を退かし、見守る朱鷺貴の前で翡翠は鯉口を切り刀を抜く。
 それを卒塔婆の横に刺すと、朱鷺貴の不安や、兎に角硬い表情が一変し「くっ…、」と、笑いが漏れてそこから溢れ出した。

 案外、刀紋も綺麗だったのかと初めてまじまじと見る。

「如何でしょう」
「それ、錆びるやろうて、」
「ええんですよそれで」
「…なるほどねぇ、なんて言ったら良いんだか」

 笑いながらさてと立ち上がった朱鷺貴は「罪な…罰当たりな男だなお前は」と、それだけで、もうここまでの話は終いになった。

「そうですねぇ」
「全部ぶち破ってくれたなバカ野郎」
「やはり、トキさんより向いてますねぇ我ながら」
「あぁそうだね、いや、どうかな」

 そうは言いつつもそれはきっと裏切りで、本当は答えなんてなかっただろうに。罪な男はどっちだかと、どっと肩の力が抜けた。

 本当に何か憑いていたのかもしれない。が、これを言ったらビビるだろうから、やめる。

「はぁ、疲れました。寝たいなぁ、」
「んじゃぁ、寝る前にいーもん?じゃないが見るか?」
「なんです?」
「お前と入れ違いで手紙が来た。日野の近藤さんから」
「…ん?」
「なんか、京に来るかもしれないと書いてあったんだけども」
「…確かにええもんじゃありませんなぁ…けど、なして?浪人にでもなったんです?」
「一応違うらしいが道場は潰したってさ。お役目貰えるかも…とか?京にはどうやら…会津?だったか、あの辺のお偉いさんが絡んで、守護職が置かれる…とか」
「…それが本当ならあん人達、夢叶えてますねぇ」
「そうだな。案外ただのチンピラでもなかったらしい…まあ、いまいちわからなかった。内容もそうだし…ようわからんけど全部漢文なんだよ」

 …流石変な人。

「でも、」
「んまぁ確かに漢文なんて馴染みがありすぎるけどね」

 やはり、二人で「変な人」が同時に口から出た。どうやらこれから、騒がしくなるようだ。

「んじゃぁ、寝るのにそれ、読経してくださいな」
「あーそれ変な夢見そう…」
「まぁ、これからならばそれもええですわ」

 そのうち悪夢すらもない夜が、来れば良い。こちらは今日、曇りだけれども。
 切にそう願った。

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