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それから忘れるくらいに沢山話をした、ゆっくりと、ゆったりとした時間はしかし流れて、夜になる。
どんな話でもした。自分のこれまで、みよのこれまでと。だけど何故だか、それはまるで溶けるような、前からそこにいたような気にさえなった。
みよの母は、みよを産んですぐに体調を戻せず亡くなってしまっていたと知った。父と二人でずっと暮らしてきたのだという。
なら、本当は凄く辛く疲れているだろうけども、みよは力を抜いてくれた。
それが許容ならば、だとか、時がいっそ止まってしまえば良いのにだとか勝手を考えて翡翠はみよを組敷いたのに、「伝染りますよ」と、その時ばかりはみよは物悲しそうだった。
「それくらいがええんですよ、いっそ」
このまま、死んでしまっても良い。
苦しかった。
長く切れ切れに息が詰まりそうで、だが生きていると感じた。例えばこれが今生の別れになっても、だけど全く後悔もなく強く思いが残った。
「さて、」
やはりまだ夜が明けるかどうかという頃合いに経つには名残ばかりがあったけれど、京を経つ前よりも遥かに前向きになれた気がした。
「いってきます」
最期、結局言葉はないのだからと敢えてそれだけを言い残し翡翠は京へ帰る。
「いつか、また」
そうみよは確かに言ったが、物悲しくも、何故だか少しも残念に感じない。それに何も言葉はいらなかったのだ。
柵を捨て、という教えに少し違う解釈を持つ。女人というのはいつだって受け入れてくれるのだから、柵を抱えて、抱えたうえで考えれば良いのではないか。
それは同じくらい苦しいこともあるはずだ。
何もかも捨ててきたからこそ自分にはこうだろう、やはり自分は坊主に向いているのではないかと、帰りもやはり4日は掛かった末に考えた。
短いようでいて遥かに長くも感じ、4日目の昼、躊躇ったがまずはと金清楼に寄った。
昼を終えたばかりの、忙しいが少し一息という雰囲気に「あぁ、翡翠か」と兄貴分、青鵐がいつも通りの何事もない口調で迎えてくれた。
客を送り返したばかりなのか、その他店の太夫達も揃っていて「あぁスイちゃん」だの「どないした!」だのいう者もいた。
…しかし、そのわりに店主がいなかった。客の送り迎えには大体出てきているのだが。
「こんにちはー」
「どないした、店主か?」
「あい、そうです」
「うーん、寝とるんやないかなぁ、中庭見てみぃ」
「珍しいねぇ、」
「最近歳やろあれ、きっと。暫くその調子やねん」
そう言う青鵐に「まぁその方がええよなぁ」と、太夫達は姦しく去ってゆく。
「わかりましたぁ」
「…ところで翡翠」
「ん?なんですか青鵐兄さん」
「実はな…」
声を潜める。
「わて、なんや……藤嶋に「店任す」言われてな…まだ皆知らんけど」
「え?」
「気持ち悪いやろ…あん人、なんやおかしいと言うか…なんかがありそうな感じでなぁ…」
「…ホンマでっか、」
「あぁ。近々らしい」
「青鵐兄さん、そんなら嫁さんは、ここへ?それともずっとこっからも家にいらはるん?」
「うん、少しそんで困ったんやけどね、そこは変われんやろうし…」
「大変ですなぁ…ホンマどないしたんやろ」
あまり良い予感はしない。
「全くちぃと前までお前に継がせる気ぃやったとぶちぶちぶちぶち流石京者やずーっとな、もうずーっとな、言うとったんに突然や数日前」
「ははぁ、そりゃすんまへん」
「いやええんよどうせ坊主なんやし」
「…非常に言いにくいんやけどわて嫁さん貰いましたわ…」
ふうん嫁さんねぇ、と言ってすぐに「はぁ!?嫁ぇ!?」と声を上げた青鵐に「あー皆知らんので」と説明を入れた。
「…ホンマかいな、なんやっけそれ、大黒さん言うんやっけか」
「そうやね、詳しいですなぁ兄さん」
「まぁ客の大半坊主やから。しっかしはぁ…お前が嫁さんかぁ…」
バシッと肩を掴み「そりゃぁよかったな!」と朗らかに青鵐は言ってくれた。
「あの忘八とも完全真っ更おさらばやないか!それで来たんか、刺されんようにな!」
「いやまぁ大丈夫やろうて…」
「いやお前だけはまた違うであいつ。ははっ、おきばりやす!」
そう言っては忙しなく「じゃな!」と青鵐は仕事をしに走っていった。
何事も本当に変わりないはずなんだけどなと思うが、確かに藤嶋は気になる。
中庭を覗くと完全に、障子すら閉まっていた。
もしかしてだけどあの人梅毒かなんかで死ぬんかな。ぼんやりそう思いながら障子も戸も開ければ確かに寝ていた。
この健康志向の生活が変わったのも不思議だ。
「藤嶋さん、」
と、声を掛ける途中で目覚める藤嶋のその習性はまだ郭人の癖にどうしたもんかと上がり込めば「あぁ翡翠かなんだ」とここはいつも通り不機嫌そうだった。
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