13
「おいこら美鶴てめぇ」
柄の悪い来訪者は店主だった。
朝一番、とは言え宿では夕方。そろそろ客引きも出るし、起きて用意をしようかと言う忙しい頃合い。
「あぁ?なんですの?忙しいんやけど」
美鶴は髪を結いながら店主に答えた。
店主に対して雑なものだなこの野郎と藤嶋が思えば「昨夜は寝れてないのかしらぁ?」とおちょくるのだから「ぶっ殺すぞてめぇ」と悪態を吐いてやる。
「てめぇあのガキに何仕込んでんだよこのクソ野郎」
「あぁ?なんもありまへんけどなんやあんさん、意気地が出ぇへんの?まだぁ?」
「うるっせぇんだよ、おいあいつ急にお前と俺が寝たかとか聞いてきたぞ。もう不安で寝れねぇんだよこらぁ、」
確かに、店主はいつもよりも肌艶悪くげっそりしているように美鶴には見えた。
だが、そんなものは自分が諸悪の根元だろうと、「ははは、バチやバチ」と美鶴は笑い飛ばした。
「なんや子供の方が素直で賢い」
「なにを、」
「あんさんがあん子を売り飛ばしたんが悪いんやなくて?」
藤嶋は言葉に詰まる。
この男、客商売だけあり口上は藤嶋にも正直勝てる気がしない。自分も大抵ひねくれているがこいつは相当だ。
美鶴は溜め息を吐きながら「どーしょもなっ」と言いつつ、囲炉裏に火を掛け緑茶を淹れ始めた。
即跳ね返しては後味が悪いと言うことかと、「緑茶なんかいらねぇよ、」と藤嶋は見世に入る。
「なんやぁ?悪いけど二分くれんと抱かせんよ店主」
「はぁ?アホかてめぇ」
「茶でないなら何しに来たん?」
「文句を言いに来たんだよ、」
「はいはい」
じゃばじゃば露骨に雑な茶を出してくる美鶴に「お前接客悪いな、本気で」と藤嶋が返すが、「あんさんだからに決まっとるやろ」とあっさりかわされてしまう。
わかっていたが相当歓迎されていない。忘八はそう言うものだけどと半ば開き直ってくるものだ。
「全く迷惑極まりないなぁ、巻き込まんでくれるぅ?あんさんは大人やろぉ?」
「お前はいい頃合いにいる手頃なやつなんだよ」
「うわあ死んじまえ不感症」
「いちいち腹の立つな。少しは雅な京を学べよ」
「嫌やねんあんさんみたいになっちまう」
「お前ももうすでに性格悪いよ美鶴太夫」
ふむ、と互いに茶を飲み「でぇ?」と振るのはまた美鶴だった。
「珍し、そんなん不安なんかい?この意気地無し」
「…違ぇよ」
「可愛がっとる言えないねぇ」
「あぁそーだね」
「ホンマに言うとる?アホなん?まさか小姓にしといてそりゃないやろて」
「んーまぁそうだけど」
「確かにあん子純粋で怖いわなぁ、歪んじまったあんさんと違うて」
「悪かったなぁ、」
こうもズバッと突かれてしまうと、確かに最早どちらが男か女かわからぬものだな、そう冷静に考える藤嶋だが、まさか見越したように「ズレてないかあんさん」と美鶴に言われるのだから堪ったもんじゃない。
「まぁ正直どうでもいいけどあん子とっくに食っとるんかと思ったらアホ臭。無理。精子のがマシ」
「はぁ?」
「どっちもなんか、キッツキツで配慮がないわぁ」
「…品がねぇ、ホンマに」
「せやけどあんさんそれでおまんま食うとるよなぁ?何今更言うとんの?初かよ気色悪っ。あんさんいくつやねん40近いやろ気持ち悪〜」
「そんなに言うか普通、」
まぁ確かに少し自覚がある。
だがこのもやもやははっきりせねばどうにも捌け口もやり場もない。
「ウチ言うたよな?何をそんなにひよってんの?言うたろか?あんさんの噛み癖やろ?」
「なんで知ってんのお前」
「とあるやつから」
「朱里しかいねぇなおい」
「変態は困りますなぁ。食い散らかしたら品がないねぇ」
「まあ…」
わりと美鶴に言い当てられている気がしてやはり後退してきても、「いや性癖の話は置いとけ」と反論。
「性癖ちゃうんか」
「…まぁ、性癖だけど」
「40で今更道徳を性癖と呼べないなんてあぁ気色悪」
なるほどな。確かに気色悪いわ。
本当はもっと深く温い、人肌のようなところだ、そう言ってもそれが道徳。
「わかんねぇんだよ、このボケ」
「あぁん?」
「おー怖このブス」
「ブスって言うたかこの人でなし!初かよ気色悪っ」
「次言ったら指一本削ぐぞてめぇ、」
美鶴の勢いは最早「洒落にならへんわ」と穏やかそうだが乱れている。そうなればただのおっさんだ。俺と変わりがねぇと、藤嶋もなんだか発散された気がした。
軽くなった、と思えば「はは、ふっ…はははは!」と急に笑えてしまった。
心底信じられないと言う表情で「何っ、大丈夫かあんさん」と言う美鶴の顔がまたブスで「ひっひっひ…」と笑えてしまう。
「…なんやこら抜くな、さっぱりわからん、二分取るぞバカ店主。なんなん、スッキリしやがって」
「あーあーはいはいやるやる。
はーホンマ。でも怖い。そうだなこりゃ確かにひよってんだわ。
だがそうだな、鳥はいつか出ていくんだな。食い散らかしたら洒落にならんけど」
「…ウチが言うた意味の歪曲どーも。アホなんちゃう?」
「ははは、」
まぁここに来てよかったと藤嶋は美鶴に「お前はなんだかんだ優しいよ」と言っておいた。
「え、何、え、気色悪い」
「うんまぁいいわ大阪無理。お前無理。早く巣立て。はは、まぁ感謝するよブス。じゃぁな」
悪口だけ言って去る店主に、ヤバいなあいつと美鶴は思う。だが骨は入ったようだ、よくわからんが。
いや、まぁ人の心はあったらしいと美鶴は店主を知ることが出来た。愛だ恋だ、それも違う、闇だと感じれば確かにどちらも不憫かもしれない。
力抜けってヘタクソ。それしか頭に浮かばなかった。
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