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次の日、二人で出版社の2階にある第二会議室へ赴けば、野山が一人緊張した面持ちでパイプ椅子に座っていた。
対談開始まであと15分。わりと遅刻してしまったと思ったがどうやら先方はまだ見えていない様子。まぁ、作家など確かにルーズな連中が多いものだが。
「遅くなってすみません」
別に遅くはないがビジネスマナー的には一応の詫びを入れてしまうのは空太の営業の癖だ。先方とのアポには程よい時間ではある。
だがそんな事情はよくわかっていない蛍からすれば、「よかった。北條さんはまだですね」と口を吐く。
「はい。そうですね…」
野山だけが偉く緊張しているようだ。それほどの作家なのか。
まぁ確かに、あちらから日付を指定して、時間はこちらで決めたにしろまだ来ていないのだし、そうなのかもしれない。
それから3人で予定時刻の10分後、つまりはそれから25分ほど打合せのようなものをした。時間になったあたりで一度野山が先方に連絡を入れるも、更に10分待ちで漸く相手は現れた。
「お待たせいたしました」
先に会議室に入ってきた茶髪の、20代くらいのアイラインが目立つ灰色のパンツスーツの女は浅く頭を下げた。恐らくこいつは担当だ。
この時点でわりと蛍のなかで、北條凜李の印象は急降下していた。
さらに現れた、30代半ばくらいの、質素なよくわからない模様の白いロングTシャツにジーパン、白髪の混じる寝癖頭の眼鏡男を見てさらに印象は下がるばかり。
方眉を不機嫌そうに上げた蛍を見て空太は、一度蛍が組んでいるその腕を軽く掴んで制した。
野山だけがパイプ椅子から立ち上がり、作り笑顔で腰を45度まで折り、「お待ちしておりました」と挨拶をして出迎えた。
「いや早いっすねぇ…なんかすんません」
なんだこいつ。
大人としてあかんのじゃないかこれは。
しかし北條凜李(恐らく)は、ふと蛍の不機嫌顔を見た瞬間に動きを止め、まさしく立ち尽くし舐め回すように、座っている蛍の出で立ちを頭のてっぺんから爪先まで何度か見て、「いやぁ…」と感嘆ともつかない呟きを漏らした。
「え、もしかして、あんたが上柴楓先生です…か?」
「…そうですけど」
上柴は不愉快を全身から押し出したが、空太や野山から見ればそれは逆効果だろうな、と言う気がしてしまって。
案の定、空気の読めなかった北條凜李は違うニュアンスの圧倒を上柴から受け取ったようで、北條は「いやぁ…」ともう一度感嘆を漏らす。
そして物凄く、鼻を伸ばしたような、とにかく男のそういった嬉しそうな表情に一変し、「上柴楓先生…!」と握手を求めた。
それは上柴から見たら全くもって意味がわからない事象だった。
「はぁ…」
上柴はしかし、その握手は受け取らなかった。
「…北條凜李と申します。以後、お見知りおきを」
確かに忘れないだろう。
こんな胡散臭い世間知らずな、というか最低限の大人を知らない大人をな、と上柴は心で毒づいた。早い話が気が合わない。予想通りの展開だった。
「いやぁ、なるほどねぇ、あんた、綺麗だねぇ。女の人?」
なんなんだ本気でこいつ。
「は?」
「いやまぁわかりますよ。え?隣の彼は?」
「表紙や扉絵担当のそらたです。あんたは確かご自分で全部やってるから、あんまピンと来ませんかね」
「あらあら知ってくれててなにより。よかったら」
と言って、まるで顎を使うかのように担当を冷たく北條が見やれば、名刺代わりのように渡されるサイン入りの“夕感鉄橋”。
挨拶代わりに二人は受け取る。
「お読みになってたら違うのもありますけど」
「いえ、ご丁寧にどうも」
「あんたやっぱ見た目以上に取っ付きにくいね。予想通りだ。あぁ、褒め言葉っすよ。いやぁ、美人でびっくりした。あんたら付き合ってる?」
「は?」
「いや、冗談だって」
「なかなか面白い冗談ですねぇ。幼馴染みです。まぁ言いたいことも分かりますが上柴はそーゆー冗談慣れてませんので、北條さん。あと、彼、男です」
空太や上柴が少し挑発的に返すのが、野山の立場では冷や冷やする。なんせ、アポは確かに北條から入れたにしろ北條の方が正直売れている。我々のネックはそこである。
しかし北條の人気も正直、今の流れだろう。言ってしまえばぽっと出だ。それを上柴と空太が理解しているだけに、展開が恐ろしい。
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