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「はぁ、そう。
 で、今日はなんだっけこれ。直木だっけ」
「そうです」

 そのやり取りも正直、目の前でやるか?上柴は今にも帰りそうな雰囲気だというくらいには、不機嫌である。

「直木について。なにか話すことってあります?そもそもお互いに取れてないし、難しいですよね、お互い頑張りましょーね」

 あぁぁ。それを言ってしまっては元も子もない。

 その上柴の一言に、北條が今度は「はぁ、」と、不機嫌とも取れる一言。
 北條の担当が少し動揺したのか、「まぁ、」と、不自然なそのタイミングで北條に席を促した。北條はこちらの一軍を一舐めして雑に、足を開いた偉そうな格好で席につく。

「まぁ直木はしかし話題性があった。おかげで取れなくても、売れましたよ」
「そうでしょうね」
「上柴先生の、俺行くと思ったけどね。なかなか、直木だと難しいね」

 まぁ確かに。
 しかしこれは誰のどこから目線で語っていやがるのか、この作家は。

「まぁ直木は|芥川《あくたがわ》と違って倍率もありますし。その点新人にもチャンスはあるけど埋もれやすい。ある意味、文学の観点で言ったらタイムリーで凄くその…なんて言うか、“公正”ですよね。発掘もあって面白い」
「まぁメディア寄りではあるけどねぇ」
「我々としては芥川の方が、対戦相手は減りますけれど、まぁ大ベテランの賞でありしかしながら|登竜門《とうりゅうもん》、どちらを先に通ってみるかというのもありますけどね」
「まぁ売れる方法としては直木でしょうけどね。我々はやはり売れる本を書くべきですからね」

 どうもこいつは。
 話が面白くないなぁ。

「それもそうでしょうけどね。まぁ私は、売れるイコール伝わるだとあまり思ってもいませんが」
「へぇ」

 てかこれ。
 どう頑張って話を繋げるんだこの作家と。

「あんたはなんで小説書いてるんですか」

 上柴も使ってみた。“あんた”と言う表現を。
 それに相手は露骨に眉根を寄せた。

「単純。簡単じゃん」
「はぁ」
「言葉ってシンプル。感情を表すのは態度より言葉でしょ」
「確かにね。言葉は取り消し不可だからね。特に書き残したらね。だからこそ難しいですよ、私には」
「へぇ、生きにくいね。俺はもう残したら残したでそれも俺かなって。だって俺、昨日を殺して今日を生かして明日を産んでるから」

 それはそれでシンプルだけど。

「まぁ振り返る過去や引き出しを作らないのは楽で良いですね、概念も一見格好いい」
「ありがとう」
「でも俺はあんたとやっぱり気が合わない」

 息が止まった、まわりの。
 空気が凍結したような、張りつめた冷たさ。しかし上柴は薄らと笑い、「じゃぁ、帰ります」と言って立ち上がった。北條はそれを唖然と見上げるばかり。

「あんたってさ」
「はい?」
「信じるものはなんなの?」
「なに、それ」
「いやぁ、なんかあんた。
 なんでそんなんでも美人なんかなって。一見苦労してなさそうで、でもあんな本書くんだなぁって」
「あんな本?」

 それ、あんたが言うか。

「いやぁ悪い。口が悪かったね。ただ俺も大人じゃないんでね。でも俄然燃えた。俺あんたにだけは負けてないと思ってた」

 それはこちらも同じだ。だがそれは、果たしてどちらが言えた義理なのだろうか。

 上柴は敢えて言わなかった。黙って相手を待つ。しかし相手は挑発的に自分を見据えるばかりで先を続けない。

「何がおっしゃりたいんですか」
「そうさなぁ、これは闘争心や恋心に近い征服かな。早い話が喧嘩を売った」
「はぁ、そう」
「売れねえ端くれ作家が調子に乗って陶酔こいてんじゃねぇよってこと」
「随分な言いようですね、あんた」

 空太が少し北條を睨み、噛み付こうかと前のめりになったのがわかった。

「俺はあんたの大衆狙いなライトノベル?直木に並ぶ意味はないと思いましたよ、ま、俺は絵描きなんで言いますが」
「なんだい、若造」

 北條は語尾を荒げ、今度は空太を睨み上げた。

 どうやら空太の言葉の方が、文学者より文学者の感情を助長し引っ張り出すらしい。つくづく、蛍は感心した。

「あんた、だけど、なんだ?」
「言わなかった?上柴楓の表紙、及び扉絵挿し絵、とにかく専属の画家だが」
「ふ、あっそう」
「あんたと変わんないだろ?あんただって自分の絵しか描かない。それは上柴と変わらない。あんたと一緒だ。俺も他者を受け入れないフリーランスなんだよ」
「だからなんじゃないの?お宅らだから…」

 売れない。それをどうやら北條は呑み込んだらしい。しかし上柴は、嘲笑とも愉快ともつかない乾いた笑いでそれらを一蹴する。

「貴方に言われちまいましたか、私も。まぁそれも一興ですね。
 担当さん、ありがとうございました。これはこれで楽しかったんです、本当に嫌味なしに。では」

 丁寧にお辞儀をしてその場を先に出て行く蛍を空太が追い、野山は会議室を出る際に二人の若者以上に丁寧に頭を何度か下げて去った。

 実に対談は15分。時刻は10時35分だった。

 会議室を出てまず立ち止まり、蛍は空太を振り返り、冷たいまでの真顔で言い放った。

「ありがとう。けど茶番だ」
「…悪かったよ」
「いや、感謝はしてる」

 再び前を見て歩き出す蛍の背中に、野山と空太は一度顔を見合わせる。野山は困った顔をしつつも、表情では「仕方がないわね」と言ってくれている気がした。

 これは機嫌が悪いようだ、本日の蛍は。昼飯何にしよう。多分こんな日は聞いても答えてくれない。

「どうしよう」

 偏屈はこれだから困る。偏屈と変態。まずこの組み合わせがよくなかった。

「いや、意外と…大丈夫じゃないんですか?だって、感謝、してたし」
「まぁ…」
「上柴先生、世に言うツンデレだから」
「あぁ…」

 確かにそうかも。

「まぁ今回は私が悪いです。ごめんなさい」
「いやぁ…それはどうかなぁ…」

 あいつ偏屈だし。そしてあの野郎は変態だったし。

 あまりにも後ろに足音がしないので蛍は一度軽く振り返った。二人とも雑談している。
 目が合えば急いだように歩いてくるのを見て、なんだろう、そんなに不機嫌そうに見えるかな、こっちは清々しいのにと、少し気持ちを改め、「何してるの?」と放った声が少し低かった。誤算だ。

「空太」
「はい、はーいせんせっ」
「何止めてよ。今日は塩ラーメン食べよう」
「は?どうしたの蛍ちゃん」
「え?なに変?」
「いや別に…」
「野山さん、そんなわけで原稿置いていきますので。読み終わったら来て下さい」
「え、上柴先生…原稿って?」
「来月分」
「…ペース上がりましたね。今月まだ上げたばかりでは?」
「ラスト近いんで」

 これはまた。

「週刊一本取ってきましょうか、先生」
「えー、まぁいいですよ」

 ここ数週間でこの間延び作家に一体どんな変化があったと言うのだろうか。
 やはり自分の目に狂いはなかった。上柴楓は、この、そらたと共に歩めるのだ。

「折り入って連絡します。では、お気をつけてお帰りくださいな」

 二人の若者を出版社から見送り、野山は満足して担当部署へ戻った。

 対談は没だろう。しかし、この、録っておいたボイスレコーダー、一度編集長に聞かせてやろうと野山は胸を踊らせた。果たして、どんな顔をするだろうか。

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