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「それも、お綺麗だなぁ、蛍。死に損ないは結局まわりを巻き込み、だからだらだら泥濘していくんだよ、なぁ、空太」

 そうかもしれない。

「んな、薬ごときで死のうなど、君はまだまだ若い。何も残していないくせに偉そうじゃないか」
「死のうとなんかしてませんよ、あんたのように、頭は悪くない」
「なんだって?」
「私には、俺には、あんたほどの覚悟がないんだ。今を捨ててどこか行っちまおうなんてそんな、よくわからん倦怠感、うんざりだよ、父さん」
「しがみつくのか、この寂漠に」
「はぁ、構わない。俺のこれを惰性と笑えばいい、つまらないと、切り捨てたらいい。
 …殺しに来いよ、あんたぁ…そんな人じゃないか。俺は何度殺されかけたと思ってる、首閉められても耐えていた、池に頭突っ込まれても耐えてきた、あんたの虚言や虚無、全部受け入れてきて、結果がこれか、これの方が、どれだけつまらないと、思って…」

 息の上がる言葉を吐き出し、気の強い眼差しから一変。そこから溢れた息子の一滴に、父親は形容出来ない強烈を覚えた。

 衝撃はそこにある。この男に刺した包丁から溢れ出た深紅の真実。

「蛍、もういいよ、やめよう、」
「やめない、今やめたら、こいつのような大人になる。
 あんた何故生きるかと言ったな俺に。ずっと、ずっと俺にそれを聞いて、あんたの答えは聞けていない。あんたなんで生きてる、何で書いている、何が楽しい、何が悲しいんだ。答えをくれないのはあんたも、言うなれば一緒じゃないか。
 俺はずっと考えた。どうして生き長らえた、母さんの死に顔やすべてを受け入れきれず、苦しみから逃れようとも出来ず、どうして、これでずっと生きてきていると。いっそ捨てた方が楽かもしれないと。
 だが何度死のうとしても至る境地は一緒だ、くだらない、そして引き止める何かがある、と」

 この人にはあのときなかったのだろうか。だから、
いや。
 あったからこそ、いまこうして。
 これは果たして、自意識過剰なのだろうか。

「だがそれは人を、傷付けて、しまう…」

 そうなのか。
 それが本心なのか、しかしそれもまた、真髄かと蛍は心境に驚く。

「蛍、やめようか」

 その一言が蛍の耳に滑り込んだ。
 隣を見れば空太が、だけども優しい、優しすぎると先程言ってしまった柔和な笑顔。それが哀愁の美しさのような、少しの、なんとも言いがたい空気を孕んでいることに察しをつけたくないような気がして。

 何も言葉が出ていかない。とめどない気持ちが息詰まったような気がした空白に、空太は立ち上がる。

 何をする、どうするのかと、しかし頭は遮断、ぼんやりと眺めていれば台所に向かった空太に、酒でも飲むのだろうかと考えたのが浅はかだった。
 現れ、手に持っていたのが包丁。睨むは父、裕次郎。然り気無くも、とめどない狂気と殺気が形をなしてそこにあった。

「空太、君、」
「俺には受け入れられないんだ、蛍。君の寂漠を支えられなかった俺も、産み出したこの男を許す度胸すらないよ」

 殺す気だ。
 文学者でない、それが摂理。

「それが自然だ、空太。空に太陽。君の名はそれに恥じないなぁ、宗くん…」
「うるさいなぁ、死んだよ親父も。肺炎だったよ、知らないだろうけど」

 裕次郎も立ち上がる。
 殺される気か。
 人が人である瞬間、しかしならばそれはそう、そんなものはどうしたって哀しい。

「殺す…の?空太、その人を」
「うん。ごめんな蛍。俺が俺でいられるうちに、言っておくよ」

 まだ。

「…そう」

 まだ、早い。
 まだ俺は君と未来を見ていたいとか、そんな話、君はいつも聞かない。
 君はいつもあと一言を、どうして、言ってくれないのか。
 仕方ない。君はそういう奴なのかもしれないから。

 その手を取った。蛍は父の前に立ちはだかり、空太との間に入り込む。相手の驚きが見えて。

「俺も君の言葉はいつも、引き出せないでいる」

 力は抜けてしまった、するりと蛍が持ち去る包丁、とめどない殺意もなく削ぎ落とされた、そうこれは、例えるなら。

 タイトルは次に流れ着く。小説はいい。流れ着く先がある。

 右の腎臓辺りに、鋭く刺さる、痛み。肉を経つ感触は意外にも、こう、綺麗に真っ直ぐ刃物は刺さらないのだなぁ、人体にはと、歯を食い縛ってひりついた頭で冴えないままに蛍は思考する。

「ほ、たる?」

 何でこんなことしてるんだろう。
 どうしてこうしているんだろう。結局友人の泣き顔を見て。

「な、にして、」
「っ、そら、た」

 生理的に、言葉は出ていかない。
 本当は言いたい、今までありがとうとかそんな陳腐過ぎる、人のような言葉を。

 最期に、これが自意識過剰を極めた結果の一言、そう。

「人殺しは、俺でいい」

 そのまま喉頭へ気持ち悪いほどに何か、勢い余って流れだし、吐き出して前のめりに蛍は倒れた。

 自分を刺した包丁は自分の手からするりと離れ、床へ無情に流れ落ちた。

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