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「なにをしたか自分でわかってるの、嘉実!」

 金切り声で目を覚ます。

 点滴と白い天井と、母親を確認した。
 顔をまじまじと覗き込んできて俺の視界を中年の医者が奪って意識ははっきりとした。

 俺はいま、病院にいるのだ。

 あまりの顔の近さに、防衛本能が脳のどこかに働きかけて警鐘が鳴る。丁度利き手の、右手。上がった瞬間に医者は飛び退くように視界から離れた。

 視線で追えばカーテンと、母親と医者と、医者に少し似た…一之江がいて。

「はいどうも。
 わかりますか。君、お名前は?」
「…か…ながみ、嘉実です」
「うん。生年月日は?」
「1979年7月6日です」
「同い年か。
 君はねぇ、学校で倒れちゃったんだよ。さぁ、学校の名前わかるかな?」
丹才たんざい高校の…2年2組で、」
「あぁ、クラスも一緒か。
ウチのがね、わかるかな、」
「一之江…くん?」
「そう。俺の息子が仲良くさせてもらってますね。
 担当する一之江です。君、一応頭の写真とか、撮りたいんだけど、いいかな?どう倒れちゃったか覚えてないでしょ?なんで倒れちゃった?
 私はね、頭の、外科医をやってます。だから、ちょっと検査をしたいんだけど」

 あぁ、そんな風になってしまったのか俺は。

 返事もせずにただ、一之江、クラスメートの優等生であり、ある意味恩人かもしれない男を皮肉な、どうしても俺はそんな目で見てしまえば一之江は、父を見る。

 彼の父親は俺の母親に、「いいですか?これで例えば鬱血などがあっても事は重要です」と淡々と告げている。

 母親は、信じられない、といった表情かおで俺を見下げていた。

 静かな、了承が流れそうな空気のなか、「父さん、」と、流れ届いた声は静かな低音で、安寧に安定しない振動として俺の鼓膜に辛うじて絡んだ。

「俺が見た所、頭は打ったが軽い。しかしまぁ、突然、そういった起伏はあった。
 だが、CTも確かに大切ですが、と言うよりは、血液検査を待って、それから話を聞いてやってはくれませんか」
「何を言っているんだ」
「少し話をしようかと」
「何を言っているか、わからないな。CTなんて、すぐだろう陽介。大体何故愚息が口を出す」
「…まぁ、そうですね」
「彼に何かあってから責任を負うのはお前か?違うだろう?彼の未来を考えようなど、お前のような子供にはまだわかるまい」

 黙り込んだ彼はふと、俺を見つめ、

「君は…」

何かをきっと。

「何故俺に、そう、くる?」

 それだけしか俺には出てこない。
 しかし彼は俺を見つめるばかりで、閉口。そして再び薄く言うのは。

「よくわからないからだ」

 沈むような黙、浮遊してきた。
 これは一体なんと言えば良い。

「先生。
 俺は意識すらはっきりとしている。だがこういうことは、たまに、あるのです。恐らく、頭のネジが、錆びてるんでしょう」

 少し嘲笑してやった。
 落ち着けと、自分に言うために。

 3人それぞれ視線は様々。
 呆れと怪訝と、…読めない。
 一番こいつが、読めない。

「なんでもいいのでさっさと、してください。
 ですが君だって、あのとき、殴られています」

 そう言う俺を見てやはり、彼の父は怪訝。俺の母親は呆れを、「何を言ってるの?」とついに露にする。

「そんなことよりまずは、」
「大差、ないでしょ。俺より、息子さん、心配するのって、多分普通でしょ」
「…君はなにを」
「父さん、だから言ってるんです。
 金上くん。君は何かを誤解しているようだが。
 俺はこの人の息子でありさっきは、忘れ物を取りに行った。君たちが非常に不愉快で邪魔だった矢先だ。
 この人はいま統合失調の新薬研究に勤しんでいます。それだけの話だ。君がどうとか、そもそも互いに名前すらやっと思い出す間柄じゃないか」
「陽介、お前何を言っているんだ」

 本当だ。

「…頭のおかしい俺には君のように頭の良い人間が言う言葉が理解出来ません。やはり先生、俺は元来から頭が悪い。よろしくお願いします」

 こいつに腹が立った、これも事実だった。

 先生、一之江の父はそれからサクサク事を進め俺を検査をしていった。検査はCT以外にも増え、最早最終的に何をしたかはわからない。

 何が理解出来ないか、理解出来るわけなどない。第一あの男には、血筋がいまいち、掴めない。

 会話だってまず出来ていない。俺の答えも何も返って来なかった。

 父親がなんだ、よく知らないからこそなんだ。新薬がなんだ。君は結局何の為に俺をここに連れてきたのか見えはしない。そんな奴の言うことを誰が聞くのか。

 結果俺は『統合失調症』の称号を得た。簡単な話だった。精神科への通院を言い渡され、帰宅することになるが。

 不思議と一之江は始終、父親の側についていた。しかし口出しはしない。

 だがふと、薬の処方せんを渡されるとき。

 彼はただ淡々と父親を見下ろしていた。あまりに冷たく、だが何故か俺はそこに、少しの彼の感情を見た気がして。

 処方せんを受け取って診察室を出る際、ふと思い出した一言。振り返り、試しに彼へ向けてみることにした。

「君は…大丈夫か?」
「は?」

 彼は怪訝な表情だった。

「…君も看てもらったらいいと思います。俺には、まぁ、わからないのですが」
「何を言ってるの?」
「わかりません。しかし大差ないよ」

 なんとなく、だったのかもしれなくて。

 それから睨むような顔、あれはいつまで経っても笑い話で。

 最早でも本当は僕にとってそれが最初の窓だった、循環だったのだと思うのはそれから大分、先の話なのですよ。

 忘れられないのはそう、そんなくだらない、子供のままの記憶で。

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