7
会計をしようとして目に止まったのは、片耳ピアスの金髪。体型はまさしく日本人チックな、例えるならビジュアル系バンドでベースでもテキトーに弾いてそうな細めの、しかし日本人では背が高い方、澄んだ黒い目をした男がテーブル席で一人、ライムの入った透明なソーダのグラスを前に片腕で頬杖をついていたのでした。
サンフランシスコにしては地味な、白ジーンズにカーキ色のシャツといった、いかにも日本人のオシャレ野郎みたいなラフコーディネート。私服なんて初めて見たクセに、一気にあの頃の蔑みに似た彼への嫌悪が思い出されるもので。
こいつには、見覚えがある。しかし何故ここにいるのかはわからない。
あちらも気付いたらしく、ちらっと目が合うが反らされた、というより横目に流されてしまいまして。
そうなって確信。こいつ、一之江陽介だ、と。
「あれ、一之江くん?」
そう俺が声をかければ相手方は笑いもせず、「あぁ…、カナガミくん?だっけ」とむしろ迷惑そうにもう一度俺を見上げて言いまして。
「へぇ、どうしたの偶然だね。いい?」
俺が一之江の返事を待たずして前に座ると、流石に頬杖をやめてくれて、一応、といったように「どうぞ」と言葉だけの促し、やり取り。俺からはきっと胡散臭い笑顔があったのでしょう。
一之江は俺が覚えていた男より、まぁ高校時代も少しは細いタイプな男でしたが、それにしても歳に似合わず、なんだか“げっそり”としているように見えた。
童顔と言われる日本人の20歳より、正直“老けて”見える。もちろん少し大人にはなったように感じましたが、なにより纏う雰囲気が、往年のような疲れが見て取れました。
あの頃とは、また、違って見えた風景。
近くで見てみて、なんで僕、あの時一発で陽介だとわかったんだろうと今でも不思議です。あまりあの場に日本人がいなかったからでしょうかね?それとも彼の独特な変人オーラだったんでしょうかね。今となれば僕は後者のような気がしますが。
「久しぶり。元気してた?こんなところでどーしたの君」
「まぁ、そこそこ。君こそすげぇ様変わりようだな。元気そうで」
スロー あの花咲頃に
スロー 石を投げつけたい
まさしく凄くぴったりな唄がふと降ってきたもんだなぁと俺はそのとき思いました。笑うしかない。笑顔を投げつけてやりましたよ。
これくらいには社会に適合しましたよ、これくらいしかねぇけどな。君には、わからない事情だろう。
しかし彼は彼で。
それまでの哀愁やら、最早それは彼の色気のようなものかもしれませんね、それが吹っ飛ぶくらいの、案外童顔な笑顔で僕を見て、「ホント、変わったな」と楽しそうに言うもんだから。
唖然としてしまいましたよ。
「まぁ、そうねぇ」
「…ごめん実はさぁ、」
頬杖をついてた掌で表情を覆って言う。「少し前に気付いたんだよね」と。
「すげぇキチガイじみた女が大声で、しかも日本人がいたもんだなぁ、相手もだいぶなクソ野郎だと思ったら、派手だが見覚えあんなぁ、気付けば君じゃん。そりゃぁ、こっちに気付かないでくれよって思うのが日本人の情緒だよ」
あら。
だいぶな言われよう。そして。
だいぶお喋りになったな君も。それとも。
「あれ?
君、そんなお喋りな男だったぁ?」
「あー君わりと酔っぱらってんだろ。全く仕方ないなぁ、2杯くらいにしてやるよ」
「え?」
言ってること矛盾してない?
「…一之江くん、君、頭良くなかったけ?」
「まぁね。あそこじゃな。結果大学落ちまくって最終だよ。仕方ないから留学してる」
「なにそれ、頭おかしいね!」
「だよなー、マジ頭おかしい。まさか君からそれ言われるとはな、まいいけどね」
「ふはー、それ君が言っちゃならんやつやん!」
「まぁな!」
あら。
こんなやつだったっけ。
クソ野郎は案外お前じゃねぇ?
あの頃にはそんなの微塵も感じなかったからこそのギャップ。それとも彼は変わったんだろうか。
なんにしても意外と意気投合してしまった。あれから俺のように、だらだら変化したにしてもなんにしても、まぁ今日限りなら、こいつに石を投げずとも済むかもしれない。楽しく、まぁまぁ話は聞けるかも。どうせアメリカだし。所詮アメリカだし。
俺たちはそれからわりと遅くまで盛り上がった。
ノストラダムスの予言だとか、2000年問題だとか。去年見た沈没豪遊船映画に案外泣けなかったとか。
「でも綺麗だよなケイト」
「君あんなんタイプか」
「いやまぁ、正直微妙だけど。俺洋画よりなんならエヴァで別にいいから」
「君意外とネクラタイプかいもしや」
「意外とってかネクラだと実は思ってる」
「あそう。なんだ、君ってそうだったんだ」
その開き直り方とか。
「…どこの大学?」
「嫌だなぁ。君と一応同じとこだけど。多分。君ほら、後半消えたから確信ないけど福岡国際だよ」
「マジか。え?大阪とか京都までは行かんかったん?なんなら東京とか」
「だから落ちまくったんだよ。まぁ大して実は勉強してないし。医療科ありゃぁ何でもいいやって感じだから俺は。なんなら俺別に医者になりたくねぇし」
「あ、そう。なに?反抗期?」
「かもね。楽しくねぇし。つか勉強しなくたってどーせ継がせるなら医療さえ叩き込めばいいってさ。あのクソ親父がね。
いざって時困り果ててやがるから、「勉強です」っつって留学した」
「君、やっぱ父上と仲良くなかったんだね」
そんな気はしてしたのですが。なんせ、学年トップをクラスメートの前で『愚息』だなんて言ってしまうような父上だ。挙げ句診断ミスなのか研究のためなのか、まぁとにかく、よくわからん、立つ度貧血起こして気を失うような薬を17歳に処方してくる父上。彼はあれを当時、どう受け止めていたのだろうとふと考えました。
- 7 -
*前次#
ページ: