1


 お好み焼きが食べたい。
 ソースとマヨネーズと鰹節と青のりが掛かったあの、丸いビジュアル。

 あぁ、ふんわりしたやつが良いな、赤い立て看板の「もんじゃ お好み焼き」がぼんやりと浮かんでくる。

 エビとかイカとか入っていたらいいなぁ。あそこは自分で焼けるし。もんじゃと謳いつつ「大阪 富福とみふく」という名前も愛嬌があって良い。

 悶々と湯気立つのような思いで伊織いおりはパソコンを眺めた。
 もうこれでいいかという基準はわからないけどもうこれでいいやと、保存をした時に「伊織ちゃん」と、上気した声が真後ろから聞こえた。

「はい」

 シャットダウンしながら振り向けば、吉田よしだはスーツの上着と鞄を片手に、まさしく帰ろうという体で立っていた。

「どう?」
「あぁ、はい。終わったところです」
「お疲れ。俺も今終わったところ。ところでどう?飯行かない?」

 吉田はいつもの軽い調子でネクタイの結びを所在なさ気に触れる。
 伊織の中で少しあの、赤い立て看板はモヤが掛かる。

「お疲れ様です。いいですよ」

 変わりに伊織の中でお好み焼きは皿に乗せられ運ばれてきた。少しモダンな落ち着いた雰囲気の、店内。

 吉田は伊織の返答を聞き、とても嬉しそうに笑って「腹減ったよね、何系食いたい?」と、先を急くように歩き始めた。

 金曜日の午後7時8分。

 出る際に無意識下で吉田の頭の上にある時計を確認する。

 そうか金曜日か。

 毎週の定番だとぼんやりと気付き、「そうですね」と返事をした。

 明かりを消した吉田が、「あのさ、飯、混んでるかな」と、少しだけ早口で未だネクタイの結び目を落ち着きなく手わすらをして俯いていた。

「どこなら開いてるかなぁ、あ、てか何食いたい?どの辺にしようかね」

 伊織はふと、吉田が初めて夕飯に誘ってきた日の姿を連想した。

「今日は…鉄板焼の気分なんですけれども」

 エレベーターの下ボタンを押した吉田に間があり「鉄板焼?」と聞き返す。

「あっ、鉄板焼か…。そんな気分なんだねぇ…」
「先輩は何を」
「…いやまぁビールがあればなんでもいいかなぁ…なんて、」
「そうですか。じゃぁ鉄板焼でいいですか?」

 エレベーターは2階を表示してすぐに開く。

「なるほど、たまにはいいな鉄板焼」

 どこか上の空から噛み締めるように「そうだなうん、いいな鉄板焼」と譫言のように吉田は呟く。

「微妙ですか?」

 なんとなくイメージとは違かったんだろうかと伊織は吉田に聞いてみるけど、「あ、いやぁううん、別に」と、1階のボタンを押す。

「いや、どこがあったかなぁなんて…。うーんと、鉄板焼。あれかなぁ、この辺より新宿しんじゅくまで出ようかなぁ、でも遠いよなぁ、すぐ食べたい?
 あとは……うーんどこかにあるかなぁ…」

 一人言に近いだろうかと伊織はふとケータイを開けば「あ、どっかある?」と吉田は聞いてきた。

 「開」ボタンを押しっぱなしにする吉田の好意に伊織が先に降り「歩いても行けますが」と提案した。

有楽町ゆうらくちょうとの間にお店、ありますよ」
「有楽町?」
「多分空いてるとも思います。確か…西口側」
「へぇ、そうなんだ。いいよ」

 そうと決まれば伊織は先に、いつもとは逆方面に歩き出すのだけれど、ちらっとケータイを見てポケットにしまう伊織を見て「たまにはいいね」と吉田は言った。

「あれ、伊織ちゃん家逆方面じゃなかったっけ」
「あぁ、前の職場が有楽町だったんです。家も日暮里にっぽりでしたし」
「あ、なるほどね。見事に逆方面だ」

 案外道は暗かった。
 モダンな赤レンガの高架橋。

 吉田はきょろきょろしながらひたすら「へぇ…こんな感じなんだ…」だの、「あ、こっちの方もいいね」だの一人で喋っている。

「やはりあまり行かないですよね、きっと」
「そうだねぇ…、」
「乗り換え、新宿でしたっけ」
「うん、そう」
「何かありました?」
「え、いや…特に何もなく…」

 と言うわりに俯いては照れ臭そうに、「なんか…」とやはり吉田は落ち着きがない。

「結構、こうして話すの、あんまりないような気がして」
「そうでしたっけ」

 何事もなく伊織はそう返した。
 そうかもしれないな、と、少しぼんやり思うのだけど。しかしいつからこうしているだろうかと思えば何ヵ月単位ではあるはずだ。

 仕事帰りに外食してセックスして帰る。最近は休日前が多いので帰る時間が疎ら。外食は吉田が選んだ店に行っている。
 あぁそうか、そのわりには鉄板焼と言うアットホームさ、なるほどと伊織は思った。

「…先輩、あまりそういう雰囲気の店、行きませんよね」
「ん?そういう?」
「ちょっとガヤガヤした感じの」
「いや、そんなこともないよ」
「そうですか。予想より煩かったらすみません」
「いや、いいよ別に。
 伊織ちゃんそういう砕けたところの方が…よかったのかなあ…とか」
「…考えたこともなかったです」
「そっか」

 「そういう………も」何と言ったか、鉄板焼の赤い立て看板が見えたので振り向いて指せば「あぁ、」と言った吉田の顔が少し、緩くなった。

 もしかするとそろそろ踏み込まれるな。だけどそれはすぐに鉄板焼の臭い、食欲で霧散した。

- 1 -

*前次#


ページ: