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 「大阪 富福」の客層はオフィス街特有、サラリーマンとオフィスレディーの溜まり場といった具合で、「かんぱーい!」だの「ビール!」だのと、ガヤガヤしていた。
 カップルがいたとしても、却って少し落ち着いているような安定の雰囲気。
 それなりに客は入っていて、熱気がある。

 伊織は上着を脱いで背凭れに掛け座る。
 場の熱気に自然と髪を耳に掛けると、首筋に毛先が当たる。

 そろそろもう少しだけ髪、切ろうかな。

 吉田がそれを少し嬉しそうに眺めているのに気が付いた。
 目が合うとにこっと笑い「ビールで良い?」と聞いてくる。

「はい」

 吉田はすぐに「すみませーん」と少し声を大きくして、「生二つ」と言う辺りで「あ、1つはギネスで」と伊織は付け足した。

「ギネスかぁ」
「あるとつい」
「俺あんま飲んだことないな。うまい?」
「美味しいですよ」

 伊織は吉田にメニューを渡し、「一つは海鮮でいいですか」と訪ねる。

「先輩、アレルギーとか、なかったですよね」
「うん、ない。いいよ」

 ビールが運ばれすぐに吉田は「海鮮一つください」と頼んだ。

 他愛もなく「乾杯」をして「今週もお疲れさま」と一口飲む。
 「一口頂戴」と嬉しそうな吉田はギネスを飲んで笑った。

「あ、お好み焼きに合いそうだね」

 ビールは大体合うんじゃないかなと思いつつも伊織は「そうですね」と、きっといつも通り素っ気なかった。

 それでも吉田は嬉しそうに「何が良いかなぁ」と、メニューを捲る。

「オススメとかある?」
「うーん、どれも美味しいですが」

 ネギ塩カルビもんじゃ、と言おうとした瞬間に「ネギ塩カルビもんじゃってどうなの?うまい?」と吉田は言った。

「美味しいですよ。丁度発案しようかと思ってました」
「じゃそれにしよ。俺もんじゃ得意よ」

 もんじゃ得意ってなんだろう。
 もしかして土手とか作るやつかなぁと思えば矢継ぎ早に「伊織ちゃん足りる?焼きそばとかいる?」と話が進む。

「私はそれで大丈夫です」
「あそう?俺どうしようかなぁ、うーん、一回保留かなぁ」
「遠慮しないでいいですよ」
「まぁ、あとで考えるわ」

 今日は焼き専でいくわ、と張り切る吉田はなんだかやはりいつもと雰囲気が違う。
 店一つでこんなこともあるのかと伊織はギネスを口にする。黒ビールの焙煎された濃い味。それから甘さ。多分2分経った、丁度よい泡の細かさ。

 海鮮お好み焼きが運ばれる前に一気に飲めば「ははは、良い飲みっぷり」と吉田も煽った。

 お好み焼きが来てギネスは二杯頼んだ。

 疲れが抜けるなぁ、今週は疲れた。
 吉田が張り切ってお好み焼きを焼き始めるので伊織はもう、リラックスして座っていようと決めた。

 お好み焼きを待つ間、少しだけ吉田の愚痴やらを聞いて、ギネスを飲んで。すぐにギネスに口付ける吉田に「1分半から2分待つと良いらしいですよ」と助言して。

 漸く焼けたお好み焼きを小さい四角に分割しているときにふと、「伊織ちゃん、」と、急に吉田は声を落ち着かせた。

「はい?」
「…てか、めっちゃ細かく分けるね伊織ちゃん」
「そうですか?」
「うん。…うまい?」
「はい」
「明日映画とか行かない?」

 吉田は至極自然なような口調だが、突拍子もなくそう言った。

 吉田の目線はどこかハッキリして熱のようなものがあるが、しかし「…そろそろどうかなって」と続けるのは皿の上のお好み焼きに行く。

 どうかなとは、なんだろう。

「俺が言うのもなんなんだけどさ」
「と、言うと?」
「え?」
「良いですけど、予定もないし」

 しかし平坦に返す伊織に「…あれ?」と、何故か提案した吉田が急にそわそわし始める。

「あ…そ、そっか、よかった、うんよかった」

 吉田は噛み締めるように言うと心底安心したように「ははは、」と笑った。

「…こんなにあっさりいくと思わなかったよ」
「土日はわりと暇なんで」
「うんうん、そうか、誘ってみてよかった」

 吉田はそれから上機嫌でもんじゃ焼きも焼き、結局焼きそばは食べなかった。

 会計をし店を出てすぐに「さてどうしよっか」と言う吉田は、遠い、ビルの何階かを見るような態度なのだが、すっと伊織の骨盤あたりに手を添えてくる。
 それからじっと吉田が見つめてくるのに「新宿ですか」と伊織の声は平坦なままで。

「いや…やっぱり明日スーツのままってわけでもないだろうから…どうしようかなぁと」
「あぁ、そうですね。映画館ならすぐそこにありますよ」
「あ、そうなんだ…」
「しかし新宿の方が楽ですよね。私も先輩も」
「けど…急に言っちゃったし、伊織ちゃん、二度手間感があるよね」
「私は沿線沿いだし降りればいいので寧ろ楽ですよ」
「…ん?」

 吉田は何故だか複雑な表情をし、それから何かを考える表情に変わった。
 そして更に「あれ?ごめん」と何故だか照れ臭そうになる。

「伊織ちゃん、家まで送っていくよ」
「ん?」
「急に言い出しちゃったし」

 伊織がふと考える素振りをすれば「あれ…?」と吉田は少し狼狽えたようだった。

「ま、いや、その…」
「良いんですか?」
「え?」

 吉田は更に「?」な顔をしているが、すぐに何故だか「まわりくどかったね」と笑った。

「…ちょっと度胸がなかったね」
「…度胸?」

 伊織にはいまいちわからなかったが、吉田は「そうかそうか」と何故だか嬉しそう。

「もっと…早く言えばよかった」

 一体何を早く言うのだろうか。

 吉田はまさしく浮き足立つと言ったように駅まで歩き、「すみませーん」とタクシーを捕まえた。

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