3
前前前部長は伊織に迫り、着実に伊織の胸に触れ、不自然に下半身を伊織の腿に密着させていた。
「なぁ、俺に弄られて感じたんだろぉ?便所でナニしようとしてたんだぁ?」
かなり出来あがった前前前部長から顔を背けた伊織とばっちり目が合ってしまった。
先程よりも濡れた瞳、危ない、揺らぐと「真柴さん?」と声を掛けると、前前前部長とまで目が合ってしまった。
だが前前前部長は悪びれもなく伊織の胸から手を離し、「なんだ吉田」とふてぶてしい。最早開き直ったようだ。
「いえ、真柴さんの具合が悪そ」
「お前もさっきから見てたんだろお?」
「は、」
「そんなの同罪だよなぁ、」
伊織の片足にズボンをすりすりとやるのに「部長、」と声を掛ける。
「トイレは先を右に曲がった突き当たりにございます。
真柴さん、迷っちゃったかな。こっちにもあるよ。近いし。顔色が悪そうだな、帰るかい?」
前前前部長は吉田に舌打ちをして離れ、トイレの方へ向かって行った。
「真柴さん」
と呼べば我に返ったように伊織はこくっと頷き、少しだけ乱れたシャツをピシッと直した。
「…お見苦しいところを、申し訳ありませんでした、吉田先輩」
「…いや、」
そう本人たちが言うのであれば、見なかったことにも出来ず、「大丈夫かい?」と聞けば「えぇ、」と、少し俯いて。
「ありがとうございました」
「…うん」
感謝される謂れはないが、少し…嬉しかった。
前前前部長はそれからすぐ、決算で移動になったので今やどうしているかは知らない。
しかし噂は、前前前部長がいなくなってから流れる、結果、前前前部長のセクハラは日常茶飯事だったようだ。
今更なのだ。だったら女の子を隣に置かないように、とか、そんな色々を始めから対策をしたらよかったのに。
伊織がそれについて口にした瞬間はなかった。
会社につきエレベーターに乗って吉田は、そうか、俺も若干偉くなったよなと名札を首から掛けた。
主任になっても伊織はずっと、先輩と呼んでくれている。先輩か、鷹峯竜二とはどれくらいの付き合いなんだろうかとふと吉田は思う。
彼が伊織ちゃんを好きになったきっかけって、一体なんだったんだろう。
意外だったなぁ、バンドマンだなんて。やはり俺は設定を欲しがるらしいな。ちょっと知りたい。
似たような物らしいが、だったらあの変態クソハゲデ部長でも、俺でもあり得るはずで、まぁ、彼は「そんなもんはどうでもいい」と言うのだろう、結果がそれだから。というか、きっかけなんてなく自然とだったのかもしれないし。
俺もホテルなんて誘う頃にはもう自然と「誘おう」と思うくらいに好きだったしなと、伊織がいないデスクの隣に座り、「おはよう」と社員に言いながらパソコンの電源をつけた。
仕事用ケータイを左側に置いたついでに、なんだかなぁと自分のケータイも一緒に置いておくことにした。お陰で気持ち、左側が狭い。
伊織がいなくても、確かに会社はまわっていた。
伊織に本日まわす仕事、伊織がやりかけの仕事も正直急ぎではない。納期順に他の社員が出来るだけ進める。
どうしても伊織にしか出来ないことも、現状のデータ上では確かに存在は、する。それが唯一の欠片。
わかっていて、慣れているのに。ホントだ、まわっちゃいそうだねと、吉田は仕事を社員に割り振る。
溜め息が出た。やはり、凄く切ないと感じる。
黙々と本日の仕事を開始して暫く経ったころ。始業から1時間30分ほど経った頃だった。
向かい側の社員が電話を取った、はい、広報部です。…はい、…真柴でしょうか。
空席を自然と眺めた社員とたまたま目が合ったので、吉田は咄嗟に人差し指をくいっくいっとした、…少々お待ちくださいませ。
保留に切り替わり、「主任、回ってきた外線なんですが、真柴さんに電話が入ったみたいで」と報告を受ける。
「えぇっと」
しまった。
先にお名前とご用件を伺わせるのを忘れた。
しかしよし、初歩ミス。ならば担当、責任を持って変わらねばなるまい。
ケータイを見ても画面は暗いままだ。
不思議な顔をした社員に手だけ翳し内線を取った。
さて、外線から1社員を名指しとは。
「…もしもしお電話変わりましたぁ、広報部担当の吉田と申しますぅ」
『もしもし』
男の声だが予想していた声とは違い、吉田は瞬時に動揺した。
『オフィス クラップの真柴伊織さんはおりますでしょうか。私、株式会社アクロスのマスと申しますけど』
…予想外、来た。
- 26 -
*前次#
ページ: