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「……驚かせちゃって、すみません」
「そーだねぇ…なかなか昨日から激動だ。いや、ホントは金曜日から、か。なんだかでもねぇ、そこは遠く感じるというか心地よくすらなっちゃって。俺も不感症になっちゃったかなぁ」
「…そうですね」
「…まぁホントは大方昨日…一昨日からか、竜二くんから聞いてたりするんだ」
「そうだったんですね」
「もー今彼、かなりズタボロになってたね。まぁそれは伊織ちゃんもだろうけど」
「私は……、自分のせいが大半だから」
「まぁそれもそうかも知れないけど、ホントにそうかなぁと。多分君はただ恋をしただけでね。俺思うんだけど相手が好きなの知っててセフレやんのって脅迫罪だと思うんだよね。逃げられなくしてさ。桝に関してはまぁねぇ、そう捉えてるよ」

 タバコは吸わずくいくいと上下に動かしながら「まぁ、これは押し付けと設定の話で」と、切り開いてくる。

「…私は…、私もなんだか…でも結局リュージも先輩もって、巻き込んじゃって」
「湘南新宿ライン並みの自信過剰さで言うと、俺は伊織ちゃんから…どうしてだろう、脅迫は受けてないかなぁなんて、思いたくて、まだ」
「…はい。脅迫は、してなくて」
「でも聞かないでおきたいような…いいかなぁ。夢見心地で…それって現実かわからないから、押し付けじゃ、ないよね…?俺のなかで勝手に思っとく、と…」
「…みんな、どうして好きって、言えるんでしょうね」
「…まぁ、そうだね」

 ずっしりと腹に来るのか、肺に刺さって痙攣してるのか。ただ空気に絡むだけの煙を眺めて間が出来る。

「…いまは、どうなの?
 実際、その、桝くんは」
「……はっきり、昔に好きと言っていれば変わったのか…いや、多分変わってない。押し付けだったんですきっと。あの人、私の初めての人で…」
「…なるほどね」
「私、取られちゃったんですよ、あの人を。多分ですけどね。でも、その子と別れたって聞いてて…都合良く思い込んだのかもって、この前気付いたりしたんだけど。でも、確かに一回も付き合おうとか、言われたことなかったなぁって」
「…うん」

 伊織は思い出すように腹を押さえた。

「どうしよう、と思いました」
「まぁ、そう…」
「受験もあるし、色々と。でも…初めてだったし、そういうの全部、桝くんもそうだろうって夢見ちゃったんですよね、どこかできっと。もう少しで卒業だしって」
「産もうと思ったんだね、」
「確かめたかったのもあったのか…。でも、誰が反対したか、忘れちゃってたり…って、信じられませんよね」
「…いや、」
「だからなんでこうなってるか、実はいまいち掴めてないんです。先生からは、麻酔とかで、そういうことがあるって聞かされました。私、その…結構難しかったらしくて」
「あぁ…なんかもう想像できない…」
「すみません。
 桝くんはそれから、内緒の関係になってたんです、卒業まで」
「うっそ」
「その時点で桝くん、多分狂っちゃったんです。激しく依存してしまった感じ…だったんだって、今なら思います。
 卒業を機会に私もバッサリ切っちゃったんで」

 あまりに淡々と語る伊織に、吉田は身震いすらしそうだった。
 確かにこれは、入り込むのも怖い。

「…引き吊るような感じと言うんでしょうか、心が。あの時確かにそれを感じていた。どこで私はそれを切ってしまったか、多分それが…思い出せないあの位置にあるんだと、その辺はわかるんですけど…。よほど酷いこととか言われたのかもしれないし…、どっかでバチって何か強い衝撃はあったんだけど…思い出すとむず痒くなって吐きそうになるんで、なんか」
「うん、大丈夫だよ。それは止めといた方が多分いい」

 何が衝撃的な色かというのを消すのが彼女を守る最善だと身体が判断したに違いない。

「でもなんだか誰かがどこかで、それは最低だって言っている気がして」
「そんなのきっと夢だから。ね?簡単な話じゃないけど、うん、簡単な話じゃないんだよ伊織ちゃん。でも大丈夫だよ。今君はちゃんとしてる」
「悪いことしたんです、私。桝くんにも、色んな人にも」
「ううん、してないよ。君は当たり前に真っ直ぐ生きている、だけで…、」

 吉田が噎せるように言葉を呑んでしまった。
 忘れようとして出来るものなら、そんな簡単なことは本当はないものなんだ。それには「忘れたい」と反抗期の「忘れるな」が生まれ、絡むのだろうか。無意識下なら、特に、きっと。

「なんで、誰も…聞いてあげなかったんだろうね」
「私も言えなかったんですよ…どうしていいかと、立ち止まってしまう」
「そっか、うん」
「先輩ごめんなさい」
「いいよ、いや、聞けてよかったよ。…リュージくんには」
「話したけれど…」
「そっかそっか、竜二くんには悪いがそこはよかった。彼はそれでも君といようとしてるんだね」
「そう…、」
「泣いていいぞ。俺は強いからね。そうだよね、却って泣けなかっただろ」
「いや……、泣いちゃった、かも…、」
「…そっか、なんというか、良いことだ、すっきりしような。精神衛生上良いことだと医者も言うぞ、君はあれだな、なんでも小さなことでも、話すがいいぞ」
「きょ…、先輩のメール話しましたぁ、」
「うわっ、」

 そうだった忘れていた。
 「ど、どうだった…?」という吉田に「桝くん殺しちゃう勢いでしたぁ!」と泣く伊織に複雑な気分だった。

「ま、まぁね、彼も多感症だからねっ、そうだよあんなゴミみたいなやつ殺す勢いで…多分いいんだよっ。俺もあいつには勝手にもっと、0.03ミリくらいの嫌疑を掛けているからねっ」
「ですかねぇ…!」
「お、おう。俺にはわからないけどなっ。本当に殺したら損するぞと言っといてな、」

 怒らないでおくれ竜二くんと思いながら、取り敢えず伊織を抱きしめ「よしよし…」と、暫く吉田はそうしていた。

 吉田はこの事情にそうか、恐らく伊織ちゃんは俺にも本気で愛をくれていたのかもしれない、とふと思った。
 調子に乗っているのかもしれないが、彼女はそう言う人種なのかもしれない、だがそれは実は、宇宙人なんかでないのかも、と思えた。これは、押し付けなのだろうか。

 だが、いつか人は成長し自立する。
 だから、悲劇のヒロインではないんだろうと、吉田は襟を正し思うことにした。

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