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吉田は結局、「いやいや最早送らせてくれ」と引けなかった。
「俺の沽券に関わる問題だ。押し付けも押し付けも押し付けだろうけど小心者で」
と言われることに「ありがとうございます」と伊織はタクシーに乗った。
「…先輩のお話は、あまり聞かなかった」
「いいんだ。俺のストレスなど電車が遅延する、くらいしかないし」
「そうなんですか」
「多分俺はハゲないぞ。君の彼氏は金髪だしハゲる確率大だぞ」
「そうなんですね。いつまで持つかなぁ」
「27だったか竜二くん」
「はい」
「若いなぁ…。いや彼、でもたまに若さを見せつけてくるよな。最初は歳のわりに達観していると思ってたんだけどさ」
「そうですかねぇ…」
後部座席でふと目が合った。
その瞬間は無言になるけれど「先輩」と言った伊織はそれから控えめに笑った。
「…先輩のことも、好きですよ。
さっき思っただなんて、もう少し、早く気付けばよかった」
そんなことを言われてしまい、吉田は一瞬にして頭を真っ白にしたがすぐ、「〜っ、あのねぇ、」と振り払う。
「良くない良くない。君には竜二くんというおっかない優しい子がいる」
「…いや、ちゃんと少しでも言おうと思って。先輩だって…凄く優しくて良い人で、」
本当に素直そうに伊織が言うので「違うよ伊織ちゃん」と言う。
「きっと桝くんで麻痺しただけだからね。今は無理しなくてもいいでしょ」
「いや、本当です。本当にきっと好きで気付いたけれど、彼氏はリュージで、先輩も好きな人で。……でもきっと失礼だから、セフレには戻らない」
「…うん、まぁありがとう。そうだね。同じように無理に選ばなくても良いんだろうけどもし順番が違ったら本当に俺だった?」
却って、聞いてやろうと思えた。
「…そうなのかも、…全部、ホントにそうなのかも、」
「いや、きっとそうじゃない。まあ、どちらにしても君は竜二くんが恋人なんだから、どちらでもいいや」
ニコッと笑う吉田に、「…そうなんですね」と伊織は、詰まったようだ。
この表情の内側で、もしかしたら戸惑っているのかもしれないけど。
「…俺はきっと君ほど人のことを愛せる人間ではないのかもしれないから、これくらいで丁度良いでしょ?」
「…あぁ、そう…、そう、かもしれないです」
「それが正規ルートってことで」
そう言われてみれば、欠片も透明も自分の中でも、確かに心地良いのかもしれない、と、「そうですね」と伊織は笑うことが出来た。
「ただ俺からも言わせてもらえば、楽しかったし、とても大切な時間だったよ。俺も君が好きだ。何より人として。初めてそう思えた」
「…私も、そうです。あの、ありが」
「感謝も何もいらない。俺の勝手な偏屈だがありがとうございましたと言われてしまうと、そこで全部終了感、漂う気がしない?」
冗談めかして「ははは、これってずるずるなやつ?でも吹っ切れたならそうでもない?」と吉田は言う。
「それは正規ルートじゃないのかもしれないですね」と、こんな時間も実は後付けのように、なかったんだなと互いに胸がジンとした。
「…ついでに立ち入った事を聞いても良い?」
「はい」
「所謂、“結婚を前提に”な感じなの?」
伊織はふと間を置いて「あー、」と考えた。
「まぁまだ、そこまで整理もつかないか」
「…そうですね…。
私たち、付き合うとかすら今更だったんで…。私はなんだかリュージは、自由にキラキラとしてるのが良いの…かも?どうなんですかね、結婚って」
「確かになぁ。ゴールじゃないってよく言うし、言ってしまえば紙一枚だもんなぁ…」
「そうですよね。
私が考えることも結構重いのかも?と桝くんでわかったところもあるし。でも自由にキラキラしたリュージの側にはいたい…とか、」
「まあそうだね。いや、俺も婚活しようか迷ってたから聞いてみたよ。
まぁ俺は勝手ながら君たちを…見ていようかなと思った次第です。業務連絡は以上です」
「…畏まりました」
「幸せになってよね、ホントに」
「…はい、わかりました」
私の恋した人はきっとみんな、大人だったんだと、伊織がぼんやりしたところでマンションが見えた。
「勝手ながら君も桝くんも怖いので家の前まで送ります、ホントにそれだけです」
「…先輩、ご飯食べませんか?カレーなんですけど」
タクシーが去ったときに伊織がそう言ったので「話を聞きなさい」と言うが、「リュージが仕込んでるんです」と、やはり微妙に噛み合わない。
前からそうだったよなと、「わかりましたこちらの妥協が必要ですね、挨拶だけします、本音は竜二くんが一番怖いんです」と吉田は言った。
「美味しいみたいです、想像出来ないくらい」
「そうかいそうかい」
「初彼カレーらしいです」
「つまんないなってえ?そうなの伊織ちゃん」
「あはは、つまんないですよね。そうなんです」
「えぇえマジで?」
「はい。経験人数もなので4…5人とかです」
「あ、それがあれです。いらない報告ですよ。マジかあの……誰が一体君をそんな風に……」
「何がですか?」
「いや、今のはその、下ネタなのでスルーで」
やはり鷹峯竜二か?と頭がモヤモヤする。俺は多分ごく普通だし桝は狂っていやがるから、きっとそうなんだと思えば無駄に「竜二くんとは何年?」なんて聞いてしまう。
「4年です」と平然と答える伊織に「君もなかなか優柔不断だな…」としか出てこなかった。
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