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「頭と手を…何かで切ってしまったようなので包帯を巻きました。血は止まっています。
 貧血ですね。
 アルコール等、興奮状態だったみたいで血行もよかったみたいです。そんなに心配はないので鉄分を点滴しています」

 至極淡々と、病院の廊下で医者に説明を受けた。

「一応ふらつきがあるので…今日は遅いし入院して頂くか、ご家族に迎えに来て頂くか…ですね。
 お義父様とちょっと連絡が今取れないところで…後にご家族様から入院手続きの書類だけ書いていただきたいのですが」
「それなら俺は車で来てるし、この子は彼と同居しているので、退院でいいですか?」
「そうでしたか。ご本人様が回復次第、帰宅ですかね。手続きをしますね」

 そう言って去ろうとする女性の看護師の背に「あの、」と伊織は声を掛ける。

「いま彼はどうしていますか」
「クエン酸を投与しています。落ちるまで…2時間くらいかと思います。少しお待ち頂ければと」
「その間は付き添いなどは…」
「申し訳ございません。原則ご家族様かご本人様か、許可をした方のみ付き添いが可能です」
「そうですか…」

 見かねた吉田が「彼女は婚約者なのですが」と言った。
 それには曽根原も伊織本人も少し驚いたように吉田を見る。

「…そうなんですね。
 あとはご本人様が少し、ぼーっとしてらっしゃいますので、ご家族様に許可が取れ次第、という形になります。ご了承ください」

 看護師はそのまま書類を取りに行ってしまった。
 少し、重い間が流れる。

「…あ、申し遅れましたこんな時に。曽根原朔夫と申します」

 吉田と伊織にそれぞれ名刺を渡す曽根原に「あぁあ、こちらこそ」と吉田が名刺を探すのに習い、伊織も鞄を探し始める。

「あ、大丈夫ですよ。お友達のえっと…」
「吉田弘則と申します」
「すみません。吉田さんと、……婚約者の伊織さんですね。リュージくんから少し聞いてます」
「あぁ、えっと…」

 そんなときに曽根原のケータイのバイブ音が鳴り、「あ、ちょっと失礼します」と曽根原は去ってしまった。

「…咄嗟に言っちゃったけど」
「…はい」
「心配ないって」
「…はい」
「でも心配だよね。めっちゃ流血してたもんね」
「あんなの初めて見た…」
「そうだね…」

 少し不安そうな伊織に、「やっぱり彼は破天荒だね」と、吉田は極力笑い掛けた。

「…先輩、電車は大丈夫ですか?」
「あぁ大丈夫大丈夫。俺もまあ心配だし」
「すみません」
「あーすみませんでした」

 電話を終えた曽根原が帰って来る。

「取り敢えず荷物とかは後輩が預かってくれてるみたいです。えっと…あと2時間だと10時くらいかな?30分くらいは経った?いずれにしてもまあ俺、車なんで、さっき聞きそびれちゃったけど二人とも電車だよね?送って行きますよ」
「あ、すみません」

 夜間診療の静かな雰囲気のなか、曽根原はふと笑い、「まぁビビりますよねあれ」と明るく言った。

「俺一瞬、髪の毛かと思ったら血ぃ出てたわ〜あいつ。なんか音変えたなと思って見たんですけどね。お陰で一瞬歌詞トンじゃったわ」
「あ、一番と混ざってました」
「バレた?そっか伊織さん確か昔から来てくれてたんだっけ、覚えてるわ。たまに見る子」
「あぁ、そうなんですね」
「あいつ俺のファン取りやがったな、ははっ。君ちょっといないタイプの子だからさぁ、覚えてた。君だったんだね噂の彼女…」

 後半含みのある曽根原の言い方に吉田はすぐに「これはきっと伊織ちゃん、セフレだって言われてるんだろうな」と思うが黙っていた。自分の話ももしされていたらかなり気まずい。

 どうやらリュージも環境が良さそうだ。

 待っている目の前のドアがふと荒々しく開き「鷹峯さん!?」と看護師が動揺し慌てるような声がして。

 額にガーゼ、手に包帯を巻いた、若干顔色の悪いリュージが現れ「あーもうダイジョブっす」と、その場で点滴を引っこ抜いた。

 なにそれそこからもまた血ぃ出るやん。吉田も曽根原もそう思った。

「伊織」

 しかしリュージはそれに構わない。

 すたすたと歩いてきては「伊織、」と座る伊織に崩れる、凭れるように抱きついた。尚、点滴の場所から若干血は出ている。

「はははっ、」

 笑いながら頭を染々と撫でるリュージに漸く「リュージ?」と声が出た。

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