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ヒステリックなような、それでいて安定した高めのコードと、優しいような、しかし響くシンバルがスタートする。
一見ありきたりなものかと思いきや、ボーカルが叫びとも歌ともつかない「じゃすっ、わーもぁきす、じゃすっ、わーもぁきす me」を、覚束ない英語で言って鳴り止み、
ラリったように客席を見下げた、瞬間、「僕は 僕の存在をぉ…」高いとも低いとも言えぬ歌声で唄えば、一息間を置き、リズミカルな底冷えするジャズベースと、シンバル、そして、まるでバイオリンのようなの高いコード。
呼吸なのか吐息かわからぬ高い「はぁ、」、一定して切れっ切れのカッティングに「こけせぇぃな、彼女は アレンジなぁ、ひぃかぁりぃ」と唄い始め。
え、何?
やべぇ、何言ってるかさっぱりわからん。してなんやこのショタ声。して枯れている。ちとまて一曲目からこれとか大丈夫かよ。
「どっかぁ、愛の証明をぉ、
どっかぁ、愛のそっざいをぉ
ぼっがぁ、僕のろっけ、ろぉ、
僕がぁぼくん、わっ、けっ、を!」
うわぁ、完全に何言ってるかわかんねぇ、けどなに?そこのギター、俺好きかもぉ。
走るような、しかしうねるベースも印象に残った。それから切り込むようにエレキが耳に張り付く。これが所謂、リズムベースか、そうか、なんて。
マイクを掴みながら見つめる視点はどうも斜め上、そう、俺たちあたりのような気がして。
力抜けた感じに俯いて手元を見て、またこっち見て再び唄うのがなんだか官能的に見えて。あれ?ヤバくないか俺。
そしてたまに、メロディで朧気になってしまった視点から突拍子もなくはっきり目を、それはそれは放送禁止級にかっ開いて「はぁ、」と力強く吐息を吐かれてしまったそれに心は持っていかれてしまった。
ギターコードが鋭くて、指弾きベースの良さがわかった。走る走る。しかしどうして、乗っている。
そこを確実にぶっ叩いてくるこの音は、ベースか?ギターか?いや、なによりドラムだ。リズムドラムだ。
「誰か、愛の証明をぉぉ、どっか愛のしょ、ざーぃをぉお、ぼっは、どくんいるのぉぉ、僕はここん、い、な、い!」
後ろからも「すげぇ…」とタカさんの感嘆詞。
あれ、俺気付いたら前の席、V系の隣に座ってる。なんだこの現象。というかこいつら、確か他人の曲やってんだろ?待てよなんて発想なんだそれ。
たった5曲にリスペクトを1曲目にぶち込もうだなんて、なんて、パフォーマンスなんだ。太田ならあり得ない。自曲を削り出して多分オーバーさせるのが美学なのに。
他人の曲を、いやオリジナルを聴いたことはないが、聴いたことなくたって取り敢えずいまのこいつらは、上手い。
そこから、曲が終わったと思いきや、間髪入れずにベースが静かに流れてからの、垂れ流すような狂っちまったエレキコード。とにかく走る。そう、言葉すら。
「きぃんのこどーは まだゆっくりだ
君の孤独は またぐったりだ
鼓膜を裂くよな君の歌声にぃ
地きゅーぅの自転はこきゅーをはじーめぇ
ヘッドフォンから夢を観ようよぉ
空はもう白んでいるからぁぁ
聴きたくねぇ ましなさーどおぶそん、きみあげーないっ、 間違えたどん、れみ、ふぁーすっつ
さん、くでたーらっ」
「うはぁ、」
「ヘッタクソぉ…」
横で笑い合っているが。しかし二人は、「センスある選曲!」とも評していて。
「あまちゃんマジック、クセになるだね」
なるほど。わかるかも。
クセになるかも、こいつ。
上手いだの下手だのセンスだのよりまずなによりこいつの言葉やギターやいやぁ、そうわかんねぇ。けどそう、わかるかも。クセになる。それだ。
優しいような支えるドラムも。
底冷えするけど安定感ある、腹に残るベースも。
不安定ながら刃物みたいな、しかし人を傷つけないエレキだって。
多分俺たちにはなかった。
ジャンクかもしれないがこれはそう、ひとつの作品だ。
作品、作品というアイツに。ブランドだなんだとうるせぇアイツに。
是非とも見せてやりたい代物かもしれなくて。
何より彼らが凄く楽しそうに、輝いて見えた俺にはなんだか凄く申し訳ないような寂漠に入る、枯れた甘いショタ声が物凄くエキセントリックで、熱く、暑く、泣きそうに、叫びそうになる自分がいた。
俺、これずっと欲しかったかも。
たまに一歩引くエレキ。
主張出来るときに弾いてくれるベース。安定しないときにこそ目を覚ましてくれるドラム。入りこんでくる愛嬌のある、ボーカル。
なんて美しい。
そしてなによりすげぇのが。
「ありゃぁ」
あまちゃん(ボーカル)、勝手に弾き止め突然オーディエンスを煽ったかと思いきや。
「はい、fuck upってなんやねん、ほい!ほい!
へりんたーあぃぃぃ!」
突然のトリッキー。
なにそのキチガイじみたパフォーマンス。どうしたチビ突然。
からのすげぇしっとりコード。
なんだこいつ。
ガチラリり?大丈夫か、マジで。
「出たな真樹節」
「あぁ文杜くん笑っちゃって崩れてきたよ」
「|国木田《くにきだ》もちょっと持ってかれてあー、ウケてるウケてる。真樹だけ気付いてないよ。まぁラストだし楽しそーだなありゃ」
確かにめちゃくちゃベースとドラムが向かい合って最早爆笑を堪えてるようで。気付かないあまちゃんは唄い続け、弾き続け。
あれ、俺らがやる『太田パターン外してごめんなさい』の時の合図じゃん。それ、あのパターンなの?やっぱ仲良いと違うな。
「おや、」
あぁいいなぁ〜。でも俺はねぇ、あんたらにはそうねぇ、なんだろうか。
その爆走感には少し。
「すげぇな」
「そんなファンも、ついたもんかねぇ」
「俺なんか、泣けもしねぇのにな…」
後ろでなんか言ってる。
あぁ俺、の前、手摺りやん(笑)
俺、そんなにハマったのね。
だって、だって。
久々のライブなんだもんさ。
右手の平で涙を拭う。ぼやけた視界がクリアになった。
脳ミソ直撃したのは、あまちゃんの、放送禁止級の手捌きと、最後の、不鮮明な笑顔と手を合わせてお辞儀をして去ってくふにゃっとした背中だった。
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