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 関係者用の二階の観覧席に俺たちは座る。
 
 最早関係者は、多分雑誌記者、ウェブライターなど。
 あとはなんだか背の高い、ストーンズのTシャツにジーパンで癖っ毛という如何にもな感じの中年、その隣にはV系バンドにいそうな綺麗な顔立ちをした片耳ピアスの癖っ毛と同じくらいの年齢だろう男が端の方に座っていて。

 「あっ、」とノリトさんが言い、「サイトウさん」と、タカさんが癖っ毛に挨拶をした。

 癖っ毛男はちらっと見ると、「あ、高安くんに|神戸《かんべ》くん」とにへらっと笑ってゆるりと手を振った。神戸とは、ノリトさんの明かされていない本名の名字だ。

 「ちょっ、サイトウさん勘弁してくださいよ」とノリトさんが焦る。
 サイトウは、「はっはー」と笑った。

「久しぶりだね。てか珍しいね君たち。リーダーどしたの?」
「帰ったんじゃないかなぁ」
「あそう。まぁ気が短いからねぇ、あいつ」
「サイトウさん、マジバナなんすけど。俺、UV行っていいっすか」

 サイトウ、じろっと。
 それはそれは人を射ぬくような綺麗な濁りない眼でタカさんを見つめ、ニヤリと笑った。

「本気出したね漸く」
「まぁ、そうっすね」
「誰が唄うの?」

 俺とノリトさんも癖っ毛に見られる。
 あら?

 その勘違いに気付いたらしいタカさんは即座に「いや、」と否定。

「俺、Spaceから声が掛かって」
「あ、あぁ。あそこ。
 あそこさっき話つけちゃった。僕じゃないなもう。
 来月からほら、あれと一緒。でんにじのpony」
「あ、マジすか」
「マジマジ。まぁいいんじゃない?言っとくよ。
 彼らまぁ、インディ事務所じゃちょっとね。てか、君らもわりとデカいとこ行くと思った矢先、僕のとこ戻って来る気だった?」
「まぁ、はい」
「まぁ覚悟は買ってやるさ。それも添えとくがあとでちゃんと、もちろん君からもSpaceのメンバーからも社長に言っときなさい。大学生じゃないんだからね。
 さて、となるとあと二人は」
「まぁ…俺はきっと、サポートとか」
「そう。君は?」
「そうですねぇ…」

 ふと、ステージから試し弾きが鳴る。まだ幕は上がらない。そこからサイトウの視線は一気にステージに向き、「ふぅ〜!」とテンション高めに叫んだ。

「意外だなあいつら」

 俺は今日初めて、サイトウと共にいた俺の斜め前辺りに座るV系の声を聴いた。
 俺たちは取り敢えずサイトウたちの後ろ、2列目の端に座ることにした。タカさん、ノリトさん、俺で座る。

「確かにこれ、多分こいつらの自前じゃないよねぇ」
「10年くらい前か?お前ヤンキー映画ハマっただろ。あれで流れたミッシェルじゃない方の、ベンジーじゃなかったヤツら。あれのあんま売ってないアルバムの一曲目のイントロ」
「え。
 てか|陽介《ようすけ》、君も充分コアだなおい」
「いやあの時期ほら、あいつらハマったんだよあれ。多分お前が散々ミッシェル叩き込んだからだよ」
「あぁ、懐かしいねぇ、可哀想なくらいスパルタ教育スイッチ入った世代だもんねぇあの子達」

 そうなのか。
 てか何者なんだこの二人。

「でもあれ、陽介がさぁ、『日本人なら日本で夢を観ようぜ』なんて言ったからだよ。だから僕ミッシェルにしたのに、アベ氏が死んじゃった時の君の落ち込みようと言ったら。全くぜーんぜん興味無さそうだったくせに」
「お前なぁ、新譜出る度毎回聴かされたらまぁ…」

 前のめりになってサイトウはステージを見つめる。
 それを見るV系の横顔は至ってクールで、しかしどこか慈悲深く手を組み合わせて、サイトウの背中だかどこかを見つめてからふと、ステージを見た。

 一体なんなんだろう。しかしどうやら、ファンであることに変わりはないらしい。

「さぁさ、何が出るかなぁ」
「そうだなぁ。野外じゃびしゃびしゃだったからな」

 野外まで見たのか。

「よっちゃん、ここ最近忙しくねぇか?」
「仕方ないよぅ。ponyの社長はそゆ人。
 売れなきゃ2年でまぁ戻ってくるだろ」
「またかぁ」
「いや決めつけないで。なんせ僕が苛めぬいたんだから」

 怖いことを言ってる。
 あのバンド、苦労してるのはマジらしいな、確かでんにじ。それ以外、よく知らないバンド。多分バンド。

 照明が消えた。さあ、始まる。幕が上がり、赤いライトがついていて。

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