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 暴風雨、そう、入り出しは三味線を6本と|一張《ひとはり》の十七弦。

 十七弦箏を入れたと師匠が言っていた。以前の公演で師匠、雀生があれを作曲した。
 あの曲をアレンジ。そうかそうかと、そこに来た暴風に、目を凝らすような錯覚。

 自分が弾く場面ではないが、思い付いて弾き始める二音上げ。

 なかなか走る、ハードな演奏。正直|津軽《つがる》にしたい。だがこれも味だと師匠は昔、入門当時の俺に言ったのだ。

「おっ、」

 入り出した、箏とも三味線とも違う、もう少しエレキテルな、言うなればこちらの地響き、よりは空からの閃光に近い、これは、雷だろうか。

 あの十七弦を思い浮かべる。
 走る、しかしゆったりとした地響きのように、しかし耳に残すのは、センスがないだろう。

 掻き鳴らす事象に入る、尖ったようなそのギターに、思わずのんちゃんと二人で目を合わせる。のんちゃんはにやっと、楽しそうに、しかしどこか鋭い目の光があるなぁと、ハマりこむ。

 奏者とはこういうものだと自由になった。師匠もきっと、こんな気持ちで曲を作ったんだ。

「見えたわ、」

 誰かが話すのはもういい。多分師匠だが、いま俺はこの暴風雨にいる。舞台の一筋、雨の一筋であると。嵐は去らない。雨は強く、

「吹ぅきすさぶぅ…」

 あ、その呼吸。

 乗る、これは乗っていく。この独特な低音語り、これは穂咲兄さんの物じゃない。

「嵐は海に沸き返りぃ、さしも堅固の大船のぉ、」

 ちゃらん、と優しくギターが鳴りあたりを見回した。止まるギターに止まる三味線。
 のんちゃんが勇咲に微笑み、「いいねぇ、」と称賛。

「のんちゃんさんに雷ですなぁ。思わず俺入っちゃったよ。あんたのエーマイナーとディーマイナーセブンスのルート、弾き方に癖があって好きだわ」

 えー…なに?
 なにそれわかんないけど。

「いやぁAm《エーマイナー》だった?
ジャグジーが楽しそうだからルートっぽく寄せた。君は語りだっけ。
 意外と人形浄瑠璃って、唄に乗せやすいんだね。俺もっとお経なのかと思ってた」
「え、あんたならなんて歌詞付けます?」
「うーん、難しいね。
雨が振る、浜辺には、」

 ちゃらん、ちゃらん、と合いの手ギターが楽しそう、てか。

「かっこいいのんちゃん〜!俺もやりたい〜!」
「えぇっ、」
「何言っとるんや雀次」

 あ、
忘れてた、師匠いるんだった。

「しかしええなぁ兄《あん》ちゃん」
「ぷはっ、」

 のんちゃん、声がした俺の後ろの師匠を見て吹き出した。

 振り返れば師匠、テカテカつるつる黒皮の、なんか際どすぎる衣装?を着て立っていて、思わず俺は「うわっ、」と椅子から落ちそうになった。

「あぁ?どうした雀次」
「ししし師匠こそそれなんなんですか…股間しか最早隠れてないでしょうそれぇ!」
「まだ慣れんのかひよっ子め」

 叩かれた。しかし勇咲が「殴り返せ師匠のために」と俺に囁く。

 やめてくれ。俺老人には優しい。

「お前も余計なことを言うたらあきませんよ勇咲」
「ははっ!師匠セクシー!」

 勇咲のお師匠、バーカウンター向こうのカーテン?どう見ても試着室にしか見えない、しかしきらびやかな箱から出て来て凭れていた。

 痛々しい蚯蚓腫《みみずば》れが目に入る。というか花太夫師匠、汗ばんでいる。師匠とお揃いの衣装。雀生師匠より打たれたなとわかる。

 マジかよ花太夫師匠。
 御歳74歳、マジかよ。

「あらぁ師匠さんちょっとお仕置き足りなかったかしらぁ」

 亀ちゃん、師匠の後ろからムチを持って凄く怖い目で花太夫師匠に言う。

 亀ちゃん、マジかよ。

「あ狡い狡い花!俺もツキコちゃんに打たれる〜」

 マジかよ師匠、雀生師匠。

「か、亀ちゃん、優しくしてあげてねマジで師匠明日やる気なくなっちゃうから」
「だめだなぁ依田ちゃん」

 急に勇咲はそう言って着流しの上部分をまくってにやりとした。
 亀甲縛り、忘れていた。

「いいい勇咲くん、ちょっ、君…」

 花太夫師匠は「お前もか!」と喜ぶが雀生師匠は「え、なっ、」と戸惑っている。
 「ひっひ…」とのんちゃんなんか笑いを頑張って堪えているし、何この状況。

「はぁい、和風亀甲イケメンさぁん」

 カウンターの闇(と亀ちゃんは呼んでいるが、多分厨房)のカーテンから、亀ちゃんとお揃いの服を着た金髪くりっくりのお姉さん現る。
 マジか、誰だよ。

「ハイシーでぇす。貴方は私が調教を」
「うほぉ、美人!形までわかるね綺麗なやつ。微乳なのがいいねハイシーちゃん。あとでよろしく!俺はまず師匠をぶっ叩いてきまぁす!」

 なにそれっ。

「亀ちゃん俺にムチちょーだーい!」

 と凄く楽しそうに勇咲は更衣室みたいな箱へ向かう。だが亀ちゃんに「うらぁぁ!」とぶっ叩かれていた。

「ふははははぁ!なんなの古典芸能!ヤバいヤバい!」
「いやのんちゃん違いますあの人たちが特殊なんです」
「ねぇ曽根原さぁん。私振られちゃったんだけどぅ」

 ハイシーさんがカウンターに両手をついて腕で乳を寄せた際どい格好でのんちゃんに凄く甘ったるく言った。
 しかしのんちゃんゆったりと、

「じゃ唄聴かせてあげるー、俺ラブソング歌わないけどー」

 とか言ってギターを弾き始めてしまった。

 なにここまともなヤツいない。

「あははー!すってきー!」

 とか、最早ラリってるようなハイテンションで言うハイシーさんも怖い。

 のんちゃん全く持って外界をシャットアウトしたかのようにギターを弾いてハマりこんでいる。凄い精神、最早惚れる。

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