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「あーもうはいはい、大人は風邪では死なないから依田!」
「甘く見てるよだってさぁ……」

 なんだよなんだよ。
 めっちゃ含みあるやんお父様でも思い出したの?

「うぅ、のんちゃん!」
「うわっ、びっくりした何?どしたの」

 確かにのんちゃん。
 依田にびっくりしてワンバウンドした。まぁのんちゃん、わかるよその気持ち。

「のんちゃんもぅ…一人で良いやとか言わないでよぅぅ」
「…聞かれちゃったかー。ママさーん」
「え私に振らないでその子良い奴だけどめんどくさい」

 ママさん。思ったこと口に出しすぎ。

「あーもうめんどくさいな、打つよ?今あたし武器あるからなマジ」
「痛いのは嫌いだよ〜ぅ!」
「いや、一回打たれて目を覚ましたらいいんじゃないのジャグジー」
「やだー!」
「SMバー来て打たれたくないとかその子、マジでどうなのツキコ」
「すみません、こいつバカ過ぎて宇宙レベルなんです、」

 何故私が謝るんだ依田め。

「うぅぅ…、」

 鼻水を手で拭いた。
 その手であたしの肩をがしっとカウンター越しに掴んできたもんだから「いやぁぁ!」と手でぶっ叩いた。

「痛いのはやだってぇぇ、」
「うるせぇな汚ぇんだよ鼻水ぅ!」

 依田は大人しく座ったかと思えば「のんちゃぁぁん」とまたコートを引っ張り「うわぁ、鼻水ぅ」と、引きつった笑顔でのんちゃんは言った。

「俺、のんぢゃんのぅ、ライブ、めっぢゃよぐでぇ、」
「うんうんはいはい」
「みんなでぢゃんど、楽じぞうでぇ、」
「うん、楽しかったよ」

 困ってる。のんちゃん明らか困ってる。

「依田、あのさぁ、」
「だかぁ、みんな、一人になるなんてゆーなやぁぁ!」

 叫んだ。
 まわりのお客さんもビックリ。しかし依田は構わず「うぁぁぁあ!」号泣して突っ伏した。

 嫌だこれ。
 マジでハズいよ。

 最早あたしは「はいはいはい〜、みぃんなごめんなさーい」とお客さんに謝る。クソぅ、何故なんだ。
 一発依田をぶっ叩こうとしたが、特に声を立てずに肩だけ震えてる、大きい動物みたいになった依田に仕方なく「はいはいはい…」と水を出し、頭を撫でた。

「なんか知んねぇけどなんであんたセンチメンタルこいてんだよ」

あ、
横文字。

 しかし依田は「うぅぅ、ごめん」と、意味がわかったんだかわかってないんだかよくわからん感じで顔を上げ、涙を拭っていた。

 そういやこいつ地味タイプ、変態さで吸収されるがわりと男前だったなとこんな時にはっと思い出した。
 見えるデコがなんか赤くなってるけど、ついでに、最近伸びてきちゃった前髪で見え隠れしてた泣き黒子もはっきり見えて。やっぱママさんも、「あれ、ブス顔も可愛いじゃんあんた」とか依田に言ってる。

 しかし依田は、おしぼりで顔を拭くくらいの残念なやつである。そのおしぼりは回収して新しい暖かおしぼりを渡してやればまた拭きやがる。てか鼻をかみやがる。三回目はのんちゃんにおしぼりを託せば「あったかーい」と、手を拭いて離さなくなったので、4本目を渡した。

「さぁて、何が悲しいんだい三味線兄ちゃん」

 漸くママさんは聞く気になったらしい。また前屈みでカウンターに頬杖付けばのんちゃんが苦笑して、目のやり場に困ったように依田を見た。

 一点に視線が集中してしまい「うぅ、」と萎縮してから依田は深呼吸をした。

「大したことじゃないです。
 ただ、俺も一人でやって来たから、なんか、やだなぁって胸が痞てるんです」
「一人って?亀甲縛りイケメンやら片思い拗らせ兄貴とか居たじゃない」

 ママさん、軽く爆弾を2つも投げた。そこ最もデリケートじゃないのか、ママさん。

「いやそうなんですけどなんて言うか…、
あれから、どこかずっと、一人でやらなきゃやらなきゃで、今回だって勇咲に合わせるの苦労したし、でも、勇咲はなら、俺は俺でやるって言ってくれたからやれたわけで」
「うん、あれから?」

 なんだろ、それ。確かに気になる。
 しかし依田はそこには触れず、

「ずっと、この太夫に合わせようだとか、俺特定の相方いなかったから。どこかで多分自分を砕いてみた結果だと思ってたけど…。
 今回師匠にも、勇咲にも穂咲兄さんにも、忘れられてないからだって言われて。
 そっかぁ、俺ってそんなに浮世離れして浮わついてたんだって、気付いたら、なんか、のんちゃんが一人で良いって言うのも、亀ちゃんが一人で苦しむのも、お節介ながら苦しくなったっていうか…」
「目が覚めたわけだ」
「そうかも。俺、亀ちゃんのことものんちゃんのことも、なんとなくしか知らなくても支障ないなって、自分で入り込まなかった癖になんか、勝手言ってるけど」

 複雑だった。
 それになんて返せば良いのか、いざとなったらわからないもので。

「ジャグジー、ありがと。なんとなくわかった」
「のんちゃん?」
「けど、俺もなんとなくだね。ジャグジーが嫌ならそれが一番良い距離の取り方じゃないの?違う?」
「いや、」
「確かにあたしだって、あんたの事なんてなんとなくしかしらないよ。文楽だってぶっちゃけよくわかんない。けどそんなもんじゃないの?」
「うん…まぁ、」
「確かに一人って寂しいけどさ。人ってどこかそうでしょ。
 ただあんたは寂しさが、ちょっと長かったの?
 過去は仕方ないじゃん。これからそれでも許容出来ないことある、ただ、それが友人なんだよ依田」

 あんたん家とか知らないし、あたしん家の話だってしたくない。なんとなくしか、知れない。ただそれで心地良いもん。

「…まぁ、俺本当は一人になるの怖いし、気負いしてるのもあるけど、もういいやってのはそこに拘りも見つけたからだよ、ジャグジー」
「…うん、」

 のんちゃんがにやっと笑った。

「きっとジャグジーはそれを歩いてきたんだね。それって確かに辛かったでしょ。だって俺今寂しいから。けど、ちゃんとメンバーを忘れずに持ってようって決めたんだ」
「のんちゃん…!」

 なんか。

「かっこいいじゃん?それ」

 にかっと笑ったのんちゃんに依田はまた「うぅ…、」と抱きつき、しまいにはあたしまでガバッと、攻撃のように首を腕で拘束された。

「でも一人じゃない、気持ちは…わかるつもりだから、だから、うーんわかんない!しんぱしー?心中しよう!そんな気持ち!仲間!共有していよう?寂しくない、少しだけ!」

 よくわからんが、

「は、っはははは!」

笑ってしまった。
バカだなぁ、依田。

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