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さっきふいに頭に浮かんだトリッキー若い医者が、ベットカーテンから俺を覗いていた。ちょっとびびって起き上がれば「あ、ごめん」と言いながら、その医者は空いたスペースに腰掛けた。
「…諏訪先生は?」
「帰りの準備してくるって」
「あそう。君、待ってんの?」
なんとも言えずに俯いた。
諏訪先生とは、よくこういうことがある。診察で大して話をしないときは大体こう。俺が引きこもりなのを知ってるからか、どこかにドライブに行ったりするのだ。
いつからかはわからないけど、なんとなく居心地も悪くないし、ライターをやっていることを知っているからか、わりと病院で話したくない内容を話してくるし、こちらも話す。多分、諏訪先生は珍しいタイプ、というか変わった医者なんだろうと思う。
俯いた俺にその医者はじっと俺を見て「まぁいいんだけどさ」と溜め息を吐いた。
「彼、あんまり友達居ないから」
「そうなの?」
「うん。だってあんなんだもん。
どれどれ今日の診察は…」
立ち上がって俺のカルテが開かれたパソコンを覗き、クリック。
「次二週間なんだねぇ」
独り言のようにその若い医者は言い、紙がパソコンの真横にあるコピー機から出てきてそれを渡された。処方箋だ。
「那由多くん、か。
俺の曜日に来ない?よかったら」
「え?」
「いやぁ、個人的に診たいなぁと」
「なんですかそれ」
「まずはメアド教えて。あの先生あんまり居ないから、何かあったら」
は?
「それは何故?」
「うーん、まぁ医者の本能というか、ちょっと気になった」
まただ。
医者ってなんでこんなに変な人ばかりなんだ。
「いまのところ大丈夫、」
「薬足りてないんでしょ。悪い話じゃないじゃん」
え、なにこの人。
とにかく変態っぽいので黙っていれば、「その顔」と、若い医者はにやにやと笑った。
でたよ変態ドクター。
たまにあることだ。俺の色々なデータを見て、からかい混じりにこれ。
「あのー、|柳田《やなぎだ》、」
諏訪先生の声がした。
諏訪先生はネクタイを締めながら奥から現れた。鞄をその場に起き、「これ絞めて」と若い医者に言っている。
第2ボタンまで開けられた灰色に白の縦縞シャツ。黒いジャケットは鞄の取っ手に挟まれている。
柳田と呼ばれた若い医者は、何も言わず面食らいながらも気まずそうに、言われた通り諏訪先生のネクタイを締めてあげていた。
一瞬だけ二人は見つめ合い、それから諏訪先生は構わずに俺を見て、「さ、行こっか」と言った。
「ああ柳田、処方箋ありがと。じゃ、また明日」
何事もなかったかのように諏訪先生は柳田にそう言って肩を叩き、鞄を持ってきた。
取り敢えず立ち上がり、「ありがとうございました」と柳田に挨拶をして診察室を出る。
「大丈夫?」
「え?」
「ほら、あいつ変でしょ」
「まぁ…」
それ、堂々と言っていいの?
しかし諏訪先生は特に揺るぎがない。友達が居ないと言うのはマジかもしれない。
最早「何食べたい?」と次には何事もなかったかのようだ。この人やっぱちょっと変。
「…チャーハン」
「じゃ中華かな。美味しい中華の店、知ってる?」
「知らない」
「じゃカレーにしようか」
「うん、いいよ」
米という以外に何一つ俺の意見は反映されていないが、それほど食べたい訳じゃない。寧ろ出資元だ、従うことにした。この人やっぱり変である。
1階受付で薬を貰って早々にクリニックを出た。車に乗って即効で「ふぅ」と一息吐いて諏訪先生はネクタイを緩めるのだった。
「それでさぁ」
ふと先生が切り出す。「何?」と聞いてから先生は何も言わずに車を発進させた。
忘れた頃に再び「今回はどうしたの」と切り出された。
この妙な間、あまり慣れない。しかしこれはプライベートな時の諏訪先生なのだ。
「今回?」
「うん。まさか二週間で来るとは思わなかったよ」
「いやまぁ、公演前だし」
「公演?劇団の?」
「うん。急に」
「へぇそうなの。よかったじゃない」
運転しながらも相槌のように微笑んでくる。
「いつもより明るく見えたからさ」
「…うーん、あそう」
「いつ?公演」
「明後日」
「じゃぁ忙しいかな」
「そうでもないよ。先生は?」
「見ての通り」
「あぁ、うん。
本当に友達いないんだね」
「まぁね。あいつがそう言ったの?」
「うん」
「あいついきなりいたからビックリしちゃったよ。思わずどうでもいいのにネクタイ頼んじゃった」
だろうなぁ。
だって即緩めたもんなぁ。第一先生がネクタイを持っていたことに驚きだ。
「で、ハトコと暮らし始めてどう?」
「うーん、どうかなぁ」
「ハトコって確か、緊急連絡先の人でしょ?」
「そうだよ」
「あんまり上手くいってないの?」
「いや、上手くはいってるけど」
「じゃぁ、どうしたの?」
ちらっと先生はリストバンドを見てきた。
まぁそりゃぁ、バレるよなぁ。
「なんだかハトコといると、嫌な夢ばかり見る」
「何か不安要素でもあるの?」
「わかんないんだよね」
事実だ。
何故雨祢といると不安になるのか、よくわからない。
何か本能的な物が作用している、そんな感覚で。
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