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「一度プラトニックも通した。相手は男だった。けど、なんかね、俺が怖くなっちゃって、てか、申し訳なくて」
「なんで?」
「いやなんだろ、相手に合わせられなくて。だって抱こうとすれば吐いちゃう。抱かれようにも吐いちゃう。
 けど一緒に寝てると幸せではある。反応はする。けど、俺が欲しい欲望はそれじゃないなってさ。わかんなくなってね。
 半生振り返ったら俺には親とか、居て居なかったんだよなぁって」
「…孤独だね先生」

わかる気もする。
だってあれって、そう。

「けどみんなずっと好き。だからやめてみた」

 切なそうに先生は言う。
所謂さ、

「意気地無しだね」
「うん、その通り。でも君とも大差ないよね」
「うん、それな」

 そして先生は「はははっ、」と笑った。

先生多分。
精神科医向いてないよね。
けど俺にはなんだかそれすら自由に感じるよ。

「人類愛ってなんだろね」
「うん、わかんないね」

 仕方がない。
 先生、どこかにふらふら、行かないでと柄にもなく他人に対してふと思ったから。

 俺は先生を見ず、リストバンドは取って、その左の掌を先生に出した。

 慈悲深く悲しげに指を、恐る恐る触れる先生の右手を口許に運ぶ。

「ははっ、」

笑ってくれた。
それは少しこそばゆく。

「君さぁ、」

 しかし先生は、子供を宥めるような、
可笑しくてたまらないといった笑いを浮かべて手を離し、「くっくっく…」と笑っていた。

「…なにさ」

人類愛かなとか感じたんだけど、バカにされたらしい。
まぁ、わからなくもない。

「君はさぁ、それ、したことないんでしょ」
「え?…どうかな」
「不純だなぁ。全く…」

 どこまでもバカにして言うかと思えば。
 先生は身を乗り出すように、その掌で俺の後頭部を緩く掴む。
 先生が自分のシートベルトを外したのが見えて。

 唇を柔らかく、食まれるように塞がれた。
 意外と先生はなんだか、ふんわりとした臭いがした。もう少し汗臭いかと思ってた。

 離れて俺が唖然としてれば先生はにかっと子供のように笑ったのだった。

「好きな人としたことないんでしょ」
「え、うん…」
「ま、俺も。けどこういうのは気持ちが良いもんなんだね」

あぁ、そう。

「もっと賢いと思ってた」
「あそう。残念でした。まぁ確かに、」

 そう言って前を眺める先生は続ける。

「背徳感はハンパないらしいね」
「ふっ、」

笑ってしまった。
多分本気でこの人、童貞だ。

「さ、散歩しよう。外の空気が吸いたい」
「窓開ければ」
「嫌だよ俺虫嫌いだもん。あいつら子孫反映以外の思想がない」
「なんだよそれ!」

 しかしそれから従って。
 二人でぶらぶらと広い公園を一周した。

 何にも捕らわれず、池の鯉を眺めたり。蜻蛉がちょんちょんと水面を叩くのを見たり。

新鮮だった、いつもの景色。

 帰りはまた違う話をして。
 少しだけ前が向けたような、そんな気がした。

 愛やら情やらそんなことは、求めて当然なんだと思い知った気がした。

「生きていれば、いつか潤うかな」

 最後に先生はそう言って。

「沼のような愛憎から抜け出せたら、」

 そして先生とは家の前で別れた。

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