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「ねぇ」

 鏡で覗き込む雨祢は微笑んでいて、目が合ってから真横で見つめ合う。そして、「似合うねぇ那由多」と言うのが嬉しそう。

「俺やっぱ、人を見るセンスあるよね。髪型選びもそう。百合枝《ゆりえ》の髪だって、俺がね、」
「あまね、」

 百合枝とは雨祢の妻、だった人だ。

「あまねも不倫したわけ?」
「ま、そう」
「うわぁぁ…」

 やはりな。なんという。

「…百合枝さんは、」
「…そこが、越えられない壁。
 さぁコーヒーって、君、カフェインは、大丈夫だよね?」
「いいよ…」

 どうせあれだけ寝れば、もうしばらくは何をしても眠れないし。

 少し俯いた雨祢は、黙って俺の、吐きダコと切り傷を撫でてからその左手の二本指だけ緩く握り、リビングへ促した。

 これは、切ないのだろうか。

 リビングに入ってから、先にソファに座れば、雨祢は勝手にキッチンでコップを用意し、コーヒーを前に置いた。

 少し距離を取って座り、コーヒーを啜っている。目の前のテレビに音はなく。それが生々しい。

「百合枝はね」

 コップを置くのと同時に雨祢は話を始めた。空虚な黒い画面を眺める雨祢の横顔は、少し、寂しそうに笑った。

「彼女の浮気相手は同姓だった」
「…へっ、」

 なに。

「…けども、俺も、原因があって。
 俺も、気付かなかったし、なんて言うんだろ、こう、美容院に行って、劇団に行って、たまに君のとこに来て…。
 彼女はそれでもずっと笑顔だった」
「えっ、ちょっと待って、」
「彼女はいつだって俺を解ろうと、今でもしてくれている。だからそうなったんだ。
だって、彼女は、…指輪ね、実はまだお互いに持ってるんだ。彼女がそう、言った。
俺がわがままを言ってしまったんだ、そのわがまま、なんだかわかる?」
「ごめん、全然着いていけない」
「…これは押し付けじゃない、よく聞いて欲しい。
 俺は、勝手ながら君を、まぁ知ってるじゃない?16の時に引き取って、それからずっと。
 俺、君がだから、連絡取れなくなったり、今のままだと居たたまれなくて仕方がないと、話したんだ、妻に」
「なに、それっ、」

 つまりはなんだ、

「俺のせい?」
「そう言うと思った。彼女も、多分君はそんな反応見せるよって、優しく言ってくれた」
「だから、」
「いや君のせいじゃなくて。俺も浮気したし。
 君も俺も不安定だってこと。だから、一緒にひとつ何か、出来ないかなと思って」
「ふざけんなよ、意味わかんねぇよ!」
「君の書く台本で、俺その浮気相手を断ち切ろうかなと」

 はぁ?

「何様?」

 全くもって勝手じゃないか、それ。

「あぁホントにな」

 しかしながら。
 力なく笑った雨祢が珍しい。
 一体どうしたと言う。俺にはあまり状況が掴めない。

「正直に話すと。
 俺ゲイなんだ」
「はっ、」

 何?
 なんだってぇ?
 8年目に知る、兄のようにして育った男の真実。なんでそれを今この場で語る?こいつ。

「待って、わから…」
「いやまぁそうだよね、わかるわかる」
「わかってないよねそれ」
「でも話せるの那由多しか居なくて」
「いやえっ、」
「君ならわかってくれるかなぁとか、甘いこと考えたんだけど良い歳して」
「待って、一回整理していい?」
「いいよ。
 あぁコーヒーってそっかぁ、那由多猫舌だっけ」
「うん。
 ねぇ俺って、ちょっとなんで俺?」
「一回整理して。いい?肉親は君しかいないからさぁ」
「うん、はい」

 取り敢えずコーヒーをふーふーして冷ます。気休めである。手が震えそうになったので諦めて一度テーブルに置いた。

 えっと。

・取り敢えず雨祢は離婚した。
・奥さんの百合枝さんは同姓とお付き合いしたらしい。
・雨祢が同姓愛者だった。
・俺の台本で、雨祢がいま付き合ってる…ここから推定するに、雨祢の劇団員?と別れるつもりらしい。
・不安定要素の俺とそれを成し遂げるのは百合枝さん、OK…。
・浮気は雨祢が先か奥さんが先かわからん…。

 え、絶対なんか隠してないかこれ。
 なんか不自然。

「色々と…不自然じゃないですかあまねさん」
「事実だよすべて」
「…なんか隠してる?」
「わりかし洗いざらい」
「不自然だよ!シナリオならおかしい点だらけ!
 まず…。
 劇団の人…?」
「そう。確か…一回りくらい年下」
「マジか」
「うん。ただね。
 俺もだけど…、百合枝も。
 愛してる。今でも凄く。多分この世で一番愛してるから身を引いた。
 つまり、俺のその同姓の相手は俺にとっちゃ、遊びと言いますか…」
「ん?」
「いつか百合枝とは戻れたらなぁみたいな?」
「ん?」
「あー面倒だねこの説明。
 やっぱ、取り敢えず君、脚本書いて、資料に目を通して」
「なんでそこ投げやりになるの?」
「うるさいなぁ。俺離婚したの傷心してんの」

 うわぁ。

「…このクズ!」
「ははっ!
 君のそーゆー元気さ好き。ホント」
「ふざけんなよ。しかしまぁ」

 良いだろう。

「まぁ無名脚本家としていいよ、書いてやる、クソ。
 資料はいらん。お宅の団員なんてわかってるわ」
「ありがと。さー、じゃ、夕飯作るわ」
「バーカ」

 仕方がない。
 愛憎劇でも書いてやる。このアホ。

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