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「那由多、マジで一晩でやる気?」
あれから夕飯を済ませてずっとパソコンに向かう俺に雨祢は言った。
「ん」
「仕方ないなぁ」
と、何故か勝手に人のベットに寝転んで、本を読んだりケータイ弄ったり、何かをしている雨祢。まあいい。どうせ眠れないし。
「何かあったら言うんだよ、那由多」
「ん」
シーツの音がする。
高校2年から二十歳までの4年間、俺は雨祢と暮らした。4年で俺は雨祢の家から出て行った。
本当は、大学まではと雨祢と百合枝さんは言ってくれたが、俺はそれを断った。
息が詰まる思いだったと言うのが本音である。12も歳の離れたハトコは、出会った頃には新婚で、その生活に4年も世話になった、これは荷が重かった。
今となっては、あれだけ特殊だった俺を、高校すら行けなくなりそうになりながらも支えてくれたそれは何故かと考えれば、なるほど、雨祢も百合枝さんもそうだったんだと身に染みて。
自分が見失われそうなくらいに幼い。しかし、ここで見失ってはいけないとさっきの話は、雨祢本人から言われたような気がする。
だけど少しだけ残酷だ。
無償の愛と言うのが存在すると、まだまだ俺には思えない。
何故俺と雨祢に親族がいないのか。
俺にはそれが、慈悲に溢れた自然の暴挙だったと思う。
元々、それほど身寄りはなかったようだ。
たまたまなのか、なんなのか。雨祢に出会った。
雨祢は俺のその時の状況を快く受け入れてくれた。
「こんなとこからさっさと出て行こう」
家から連れ出される時、雨祢は俺にそう言った。朧ながらに覚えているのは、それから叫ぶ母親と、叫べない姉と。
あのとき母親はなんて叫んだか。恐らくは「待って、」だか「金」だかなんだ。
その後の母親と姉の所在を知る人間はいない。だが、惜しいとも思わない。
俺は誰になんと言ったか。
「助けて…?」
いや、
「殺…」
「那由多?」
真後ろでふと声がした。
すぐ後ろで雨祢が立っていて、それを見た瞬間、徐々に動悸に変わっていくのがわかったが。
言うのは癪だ。平然を装い、しかし吐き気がしてトイレに向かおうと椅子から立ち上がるも立ち眩みがして、思わず雨祢に抱きつくように掴んだ。
「那由多、」
返事が出来ずに首を振れば、「わかった」と、雨祢が支えながら歩いてくれたので、洗面台の流しで吐こうと指をつっこむが、気分の問題らしい。嗚咽ばかりで大体が胃液だけだ。
椅子を用意してくれたので座ってしばらくやってみる。落ち着いた頃、コップに麦茶をついで側に起き、雨祢は俺の背を擦っていた。
「那由多」
「…ごめっ、」
「落ち着いたら飲んで」
飲んで吐き出した。それもまた「はいよしよし、」と見守ってくれて。
本格的に落ち着いてぐったりしたのを合図に、強く頭を抱えるように抱き締められた。
「どうしたの今回は」
「…不眠…でっ、」
「2日伸びてたクセに。なにか嫌なことあった?」
「…なんでもない、から」
「…言えない?」
「…うん」
「俺那由多のことわりと知ってるよ」
「うん。けど」
「あそう。俺が悪い?」
「離して」
首を振って否定することしか出来ない。
「…違う」
違う。
俺にとってはあそこは地獄だったから。
「…なかなか想いは伝わらないね、那由多」
「雨祢、」
「何?」
「あんたといると、息が詰まる」
「それは俺も一緒だよ」
そう言って雨祢は切なそうに笑った。
「なら、なんで、」
「君にしか、わからないから、かなぁ。
俺は君と出会えたのは純粋に運命だと思ってる。あんな腐った場所にいたら君は今頃、考えたくもない。
だけど俺はヒーローでもなんでもない。君じゃなかったら多分、助けなかったんだ」
「何を言ってるの?」
「俺は君の見方なの。いつだってそう。君の人生や脚本を愛したいと言う話だよ。君は鈍いな」
どうしてそんなに。
「どうして?」
「さぁ?わかんない。出会いって多分そんなもんでしょ。
俺も君も捨ててみちゃった、その共鳴でしょ」
なんだか釈然としない。
「釈然としない顔してる」
「…まぁ」
「子供にはわからないよ。今日はもう寝ようよ、那由多」
そう言われてしまえば。
「嫌だ」
「なんで」
「だって、」
貞操の危機だもん。
「大丈夫だよ俺ソファで寝るから」
「わかった」
よし。
続きは明日にしよう。
でも。
「昔はよく一緒に寝たじゃん」
「いいよ」
驚いた顔をした後に、すぐに破顔した雨祢は言う。
「なんだよ、子供じゃないからいいっつーの」
「はいはい。だからやめとく。俺だって一回りは大人の雄ですから」
「なんだそれ」
「那由多はそーゆーところがダメなんだ。君だって流石にわかろうよ」
「だからいいって」
「はいはい寝よ寝よ。那由多、書くのはゆっくりで、いいからね。
ゲロ吐くくらいなら俺、別のライターに」
「うるさいおっさんさっさと寝ろ」
「なっ、」
不機嫌面してみたが、どうにも笑ってしまって様にならなかった。
あぁそっか。
「…楽しそうでなによりっ、」
人と暮らしてみる。
こんな感覚だったけなと、ベットに戻って思った。
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