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 漸く安心出来た気がした。そんな気がする。

「…なんの夢とか、まぁ聞かないけど」

 うつらうつらしてきた頃に、雨祢はふと言う。

「君が出て行く時に俺は言ったよ、君の障害は全て俺がぶっ壊したって」

 なんの話だろう。
 眠いなぁ。

「あの家も、あの学校の苛めっ子達だって、クソ教員だって、みんな俺が叩き潰した。あいつらみんな今頃どうしてんだろうね。
 ブタ箱ぶちこんでやったあのメスブタ2匹は多分薬付けだし父親も海底コースだ、まぁ生きてねぇかもね。
 病院に送ってやったクソガキ3人はどうしたかな。頭治ったかな。治らなかったら一生そのままだな。
 あのクソ教員はどうしたかな。妻も子供も失って世間に変態だと知れ渡りその他余罪も見つかって、知ってた?盗撮やら痴漢までしてた。みんな学生だよ、男女問わず。あんな野郎は泥水でも啜って這ってりゃいい。
 …もう寝たかい?那由多」

 寝息が聞こえない。

 振り返れば、自分の背を見るように横向きで寝る、
愛おしい人の薄い瞼が、滑らかな頬が、細い手首があって。

 覗く鎖骨が痛々しいまでに綺麗だと感じた。女にはない肩の、丸すぎないラインやら、だけど確かにその二の腕は弱々しく。やはり自分よりは幼いが彼もまた、20半ば。

 その腕から腰にかけてのラインが、最近のアレよか、まぁ細いが、それでもどうして愛おしいのか。第一に艶かしい。

 短パンから伸びた細い足も、アレと違って毛が薄い。どうやらさっきは、昔の、あの気が狂った女の洗脳じみた教育のせいで、多分癖なんだろう、剃ったらしい。気まずそうだった。

 さっきの喘ぎ声じみた魘され方といい、なんといい、異様にむしゃくしゃする。

いや、
ムラムラする。これが正しい表現だろうと雨祢は思う。

 そんな自分が心底嫌になる。だが、メールの発信は“|名津葉《なつば》 |綺斗《あやと》”これで“あやと”と読むのかと、最近の名前事情を知った。彼はこれだけで充分、芸名に見える。


明日少し話しましょうp(^-^)q


 雨祢のメールは大体こんなんだった。しかし彼、名津葉綺斗の返信はいつだって、


わかりました


 若者としては簡素極まりない。頑張って顔文字を覚えたというのに。
 しかし必ず、二言来る。


声が聞きたいです


 それは困る。
 というか俺も声を聞いてなんなら浸りたい気分だが。


ごめん…(..)


 ぷっつりと音信は切れ。
 ケータイを投げるように枕元に置き、雨祢は再び想いを巡らせる。

 しかしまぁ、声と言うのは。
 同じく温情があろうがなかろうが、誰に対する情だろうがまぁ、自然現象、|雨音《あまおと》の如く違うもんなんだなと、一人納得してその熱に対峙することにした。

 その首筋の黒子はあぁ、甘美で。
 鎖骨だって綺麗だ。汗滲むそれは最高かもしれない。

 どうしてこれを、不純だという。
 ある意味あいつらは間違っていない。君が悪い。俺はしかし。

 君の苦悶を見つめてきたはずだった。
 なのにどうしてあの甘い声は、知らないのだろう。

 その腹にある傷、それが消えたかどうかすら知らない。ただそれは消えなくても恐らく綺麗なんだろう、君が残した傷だから。

 この世界はどうしてこうも、水溜まりのような現象、降って乾いてはまた溜まり、しかし知っている。蜻蛉という生き物は秋頃、あの水溜まりの数ヶ所に卵を産み付けていく。沼とわからないまま、何ヵ所も。

 しかし翅を濡らせば、飛べなくなってしまうと知らない。そんなことすら知らないんだ。

 そうやって堕落していった結果なら、俺は全てを飲み込んで、沼にしても良いと、そう、
いま、愛しさはまだ、歯止めが利いていると、歯を食い縛るように。


 喜びはいつか溜まるのだろうか。
 怒りはいつか、渇くだろうか。
 哀しみはいつか癒えるだろうか。
 快楽はいつか亡くなるのだろうか。

 不完全変態現象は、まるで突然、いつか飛び立ってしまうのだ。

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