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寝れない自意識に結局は兄が母を殴り付ける映像ばかりを思い出す。母はいつだって自分を庇う。けれどもそれに意味はなくなってしまう。
「お前なんて金の足しにしかならねぇよ雪」
母の通帳を取り上げた兄は漸く微笑んで前髪を掴み、「悪かったよ」と言う様は恐怖でしかなかった。額によりそれは変わる。自分はヤクザの男の子供であり第二子、兄の父親はどこかへ高跳びしてしまったのだと兄から聞いた。
ヤクザの子供だなんてと兄は罵った。だが仕方なしに振り込まれる自分の保証金と母の賃金は持っていってしまう。何に使うかは不明だが、ろくなことでもないだろうとは子供ながらに知っていた。
こんな苦痛になるのに母はどうして自分を生んだのか、兄がその差別に苦しみ歪んでしまう気持ちだってわかる気はしなくはない。
なのに結局第二子、つまりは本当は自分は隠れて生きていかなければならない存在だったのに、露呈してしまっては外聞は悪かったらしかった。
子供さえ出来なければ。
こんな身勝手な他の遺伝子がなければなんだっていい、そもそも自分がその立場に立ったら恐らく遺伝子を愛することなど怖くて不可能だ。そこは父譲りなのかもしれない。
それには後腐れがあっては非常に面倒だ。女は特にだが、男でも同じ。
だけどたまに母のことは思い出すし、けれども宿しては困る。だから大抵一夜限りで終わらせてしまう。寂莫など引きずればただ自分が信じられなくなってしまう、処世術のような自衛だった。
結局自分も身勝手だと、雪は起き出して酒と不眠薬を流し入れてしまう。誰かがいればこれは変わることなのに。
自分が気持ち悪くて仕方がない。
どうして兄がいた同じ子宮から自分が生まれた、どうして子供が殺された子宮に浸かっていた、どうしてあの男の精子が入り交じった環境から自分がいる。
考え出したら泣くことも出来なかった。それでも耐える母を愛し続けなければならない、子供ならそうだろう、純粋に母を愛せたのに。
お兄ちゃん、お母さんを殴らないで。
父さん、お母さんを見てよ。
雪、貴方は雪の日に産まれたのよ。
雑音でしかない、恐怖でしかない、圧迫でしかない、潰される、眠れない眠れないイライラする、そわそわする、けど叫んでどうになる、喉は潰れてなんかいない、ただ、何も出ていかないんだ、この一人の空間に。
「君はどうやって生きていくんだ、母親がろくでもないのにね」
そんなことをどうして言えるのかわからない。いまそこに寝ている女の人を見てよ、ボロボロじゃないか。
「お前は家に来なさい」
「それ、俺じゃないでしょ」
そんなことを言ってしまったいまの自分が酷く嫌いだ。助けた気にはなれない、そうして陽一が確かに生きられたとして、誰が幸せになったのだろうか。自分ばかりを責める。
結局兄が人を勝手で殺した事実以外に残らなかった。
雪は流石に夜中からウィスキーを5杯消費し、PTPワンシートを流し込み、気持ち悪さに暫くはトイレで吐いていた。
無駄にせり上がりどこかで痞てしまう薬かアルコールか、また流し入れるしかなくなった。そうして朝日が差すトイレに、諦めて立ち上がれば眩暈しかしない。
まともではないけれどやっとリビングでちゃぶ台に突っ伏してぼんやりと、カーテンを眺めた。もうなんだっていい。結局脅迫でしかない。
朝日はこんなに淀んでいるのかまだ暗いだけなのか。
ぼんやり浮かぶのはあの日見た、顔の腫れ上がってしまった陽一の姉なのだ。何故罪悪感が沸くのだろう、兄がしたことだったはずだった。だがあれを見て罪悪もない子供だったら自分は、兄と変わらないだろう。
死んでも生きても俺はそんな存在だよ。
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