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 翌朝雪は青田に

「仕事するからせめて避けて」

と起こされ、礼を言って自宅に歩いて帰った。

 午前9時。帰ったらまずはシーツを洗って夕飯を拵えて。意味はあるだろうか、不毛ではないか、この雑音はカットしようとドアを開ける。

 女物の靴はない。帰ったようだなと「ただいま」と言えば即、「てめぇ雪!」と怒鳴り声が出迎えた。

 不毛ではないか。
 しかし恐怖のアイソレーターがそのA音源をカットし硬直に至ってしまう。不毛だ、思考のキルスイッチがオフになる。

 いっそ。

「てめぇ早くこっち来いよ、」

 殺してくれたら楽なのにな。

 ホワイトノイズのままな思考に雪は引っ張られるように兄の声がするリビングに向かう。

 いっそ俺のこともあの人みたいに殺してくれたらいいんだこのクソ野郎、人殺し、さっさと、殴って無様にあの白い混じり気もない場所へぶち込んでくれたらどれだけ、
この不毛すぎる糸を切っちまえばどれほど最低な気持ちで朝を迎えられるか、明日を捨てられるか、濁流が混じり合う、ノッチフィルタと思考回路。氾濫、泥水、俺は、俺は一体なんだったんだ。

 なんだっていうんだ。

 浩を押し倒し馬乗りになった雪は「なんでなんだよっ、」と喚く。
 浩はその雪が降ろせない拳を取り涙を見て「このバーカ!」と言う、弟はやはり弱かった。震える上げられなかった手を引っ張り、押し倒し返した兄に「殺せよ、」と唸る。

「お前は人殺しだろっ、浩」
「てめぇそんなに殺されてぇか」

 泣いている弟の首を締めたときに抵抗がないのは昔を思い出す。

 そうだみんな非力だ、誰も俺を止めない。誰も俺を見ないんだ、お前の父も知らない自分の父も、引き止めない、それはお前が知らない物なんだ、綱も手錠も疑似でしか──

 人影は兄の向こうに見え、兄が自分から引き剥がされた。
 振り下ろされた足が見えて。
 そして真横に倒れた浩に乗り掛かったのは、紛れもなく陽一だった。

 「な…っ、」

 何が起きたか。
 火花が散った。
 反動でズレたちゃぶ台に兄、浩の後頭部はぶつかったはずで。

 呼吸は楽になったはずだ、だが目の前でひたすらになにか、「このクソ野郎、」だとか「死ね」だか、雑音のように言いながら浩を殴り続ける陽一と動かなくなった浩に雪はやっと我に返った。

「陽一っ…」

 止めなければ。
 浩は恐らく、死んでしまう。
 陽一は恐らく人殺しになってしまう。

「待ったっ…まっ、
陽一、」

 何故今陽一が来たかはどうでもいい。何故今なのかはどうでもいい。

 ただ。
 ただ。

 そちら側に染まってしまうのはどうしても恐怖でしかないんだと、雪はひたすらに陽一の背中に語りかけるように止めに入った。

「この子の未来はどうするの。
それは俺じゃないでしょ」

 白の記憶に入り交じる。母さん、どうして俺を生んだわけ。どうだっていいのに母はあのとき泣きそうな顔をしたから。

「陽一、ダメだって、ねぇ、ちょっと…っ、」

 濁流は止まらない。
 嵐はどうしても、人が抗えない。あの茶色の流れは川と混じりあった泥なんだと、血が滲んだ兄を見て、雪はただただ叫ぶように、後悔した。

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