3
「…浩は多分、俺の存在に耐えられなかったんだと思うんだ」
ぽつり、ぽつり。
雨は少し、強くなった気がする。
「…そうかもな」
「…あの人冷淡でしょ。差別的だし」
「…まぁな」
「けど…」
だからと言って浩が悪くないわけでは、全くない。
「…気に病みすぎじゃないか、『俺が言えた口でもないけどね』」
「…いや、そんなことはないよ」
「…そうかねぇ」
不毛、なのかなぁ。春斗の一言が思い出された。
まぁ、不毛か。こんなこと。
「…来るときは連絡入れてって、言ったよね」
「何かあったら言えとも言ったな」
「ねぇどうしてさ」
「わかんねぇよ、正直」
わかんねぇよ、姉ちゃん。
なんで母ちゃんは口すら利かないのに「行ってくるね」だなんて言うんだ。少年時代がフラッシュバックする。
不毛なのかもしれない。
「…おかげで助かっただろ」
「おかげで死に損なったな」
「本気で言ってるか」
「わりと冗談だよ」
感情は読めない。回折格子は行き届くことがない。
「…なんでさ、」
「わかんないよ」
わかるけど。
「…けど、死ぬ価値もないのかなって、思うよ」
「…やめろよ雪」
「俺じゃないよ、浩だよ。
そう思わない?」
少しは湿り気が混じる。
どうしてこんなに真っ直ぐ、澄んだ言葉に泥を見る気になるのか。レイリー散乱は光の微粒子の錯乱で透明な水を、青く見せる。
それは本当に空の青なのか、誰にもわからない。
「…その頃の通帳、使ってんだな、雪」
「…どうしたの?そうだよ」
母は父を、愛していたはずだから。
自分の対価なんてそんなものだと雪は思う。
「…いまはじゃぁ、バレないようにバイトしてた俺みたいな気持ちなんかな」
「…そうかもね。母への援助ではないからね。チクらないでしょ?陽一」
「そんな資格もないよ、正直。俺も昔やってたからな」
雪はふと笑い「よかった」と穏やかに言った。
「…浩は、どうかな」
「…まぁ、」
今生き長らえたとして。
もしかすると近々別の、手放したところで見つかってしまうかもしれない。姉のように。
「…追いかけた方がいいか?雪」
「…どっちでもいい。好きにして」
「そうか…」
入れ替わってしまったように感じた。
「…じゃぁ再び言うよ。何かあったら」
「わかった。陽一もそうして」
空の青か、水の青か。
無色透明なそれはしかし、不純物なんてたくさん融解している。光はだから、微粒子に反応する。けれど科学で解明できた試しがない。
もしかするとそれが一番、効率がよく循環するのかもしれない。結局無色透明は集まれば青なんだ。
結果姉も母も戻りはしないのだし、
兄と父が変わることも、ない。
それを悲しいと嘆くには、時間が経ちすぎていることも事実でしかない。酷く排他的で、白い。
ならばどうしていまの関係を維持しようと一歩引いてみるのか、互いにそれはわからない。
回路は複雑だが絡み合い、溶けていくのかもしれない。
「…昼は?というか陽一、サボってていいの?」
「ん?」
「ここ3日、仕事前に昼ご飯の準備するの、習慣なんだよね」
「んー」
確かにそろそろ、仕事の時間だ。
「…まぁ大丈夫だよ。お前んとこ行くの、多分青柳さん知ってるから」
「あそう。ご苦労様」
「お前あそこ何時から?」
「3時出勤かな」
「…送ってくよ」
「いい、別に。というかヤクザの送迎とか困る」
「…あそう」
そう言われるなら素直に出勤するしかないかもしれない。
「…まぁ、じゃぁ仕事行くわ」
「ん、はい」
そう陽一が言うと雪は陽一を背にしてベットに寝転んだ。
昨晩を思い出したが、女の臭いはしなかった。ソファーだったのか、つくづく野獣のような男だなと雪は浩に対してこっそり思う。
それを見た陽一は「じゃあまたな」と雪の部屋を出て行った。
ドアの開閉音に、雨はやはり強くなったのだと知り、雪は目を閉じ、寝るまで昔を巡らせていた。
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