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後部座席で握る自分の拳は傷付いて震えているように見える。ただ、力んでいるだけだろうと陽一は「坂上《さかがみ》、」とドライバーに呼び掛けた。
「はい?」
「今日の予定は?」
「あれっすね。銀座のゲイバー」
「…そんなんあったか?」
「ありますよあの界隈は。フロントがショバ代値切ってるのが一件あって」
「買収したとこ?」
「いや普通にフロント。というかお情けと言うべきか。
ようわからんけど頭主に泣きついてきて出店したらしいっすよ。頭主も知り合いかどうか微妙な野郎だったけど、まあ金になるだろうと踏んだらグレーゾーンなことやっちまってたらしく、摘発を懸念して店を会員制にしたが、客入りが悪くなっちまって泣きついてショバ代を値切る、と。結局リースもままならないし」
「…店の形態を変えたら良いんじゃねぇの、それ」
「…なんつーか、表向きはただのゲイバー、店の形態としてもただ酒を飲む場所。なんだけど、結局|店子《みせこ》が客と寝て裏で金貰ってたっつー感じっすかね」
「売上金誤魔化してた挙げ句っつーことか」
どーしょもねぇやつ。
少し呆れる思いだ。
「そうっすね。経営者は儲かった、ってな感じでって…つか、陽一さんマジでこれ知りません?」
「知らないけど」
「あぁ…そう…」
坂上は何か含みがありそうに言葉を濁した。
確かに、経済ヤクザを仮にもやっている身としては少々自分は無頓着、というか組織に対し“世間知らず”な方ではある自覚がある。
茶色く混じりたくはない。だが黒か白か、どちらでもない灰色の気概でしかない。流れに抗えるほどの力も根性も、ないのかもしれない。恐らくこの職は向いているものではない。
不毛だ。
はっきりと濁って混ざり合い陶酔していることになんら代わりはないのに。
この人、器用貧乏というより気質が貧乏だなと坂上は思った。確かに、トップは難しいかもしれないが、実際には組織の中で一番金を持ってきている。
「…まぁいいんすけど、知らなくても」
「…正直あまりなんというか、まぁ」
「仕事の話にしましょうかね。
フロントのオーナーは田野倉卓《たのくらまさる》、44歳勿論未婚。頭主と10こも違うんで正直何繋がりなんだか掴みにくいっすよね。
なんならこんだけわからんと頭主の元セフレか?実はゲイだったのか?みたいな噂までありますよ。あの人奥さんに興味ないみたいだし」
「まぁ…」
「ほら…雪さんだって愛人の子だって言うし。他に愛人もいなそうじゃないっすか。普通もうちょいいそうっすよね」
「てか、その…」
「田野倉?」
「田野倉。そんなになんか噂になる男なのか?」
「あぁ…」
そうかこの人。
姉の十三回忌すら教えてもらえないような、そんな人だったなと坂上は思い直した。
確かに、養子だがこの男は一応、頭主の息子だ。
きっと、平凡なただの男だったんだろう。愛人の連れ子が姉を殺さなかったら。
今頃普通に暮らしていてもおかしくない男か。ならば何故、それこそ企業舎弟にしなかったのだろうと、青柳に疑問はある。
「…仕事以外の話をしますと。
雪さん、いま29でしたっけ。
19から…24位までかな。そこの店子やってたみたいっすよ」
「…はぁ!?」
予想外な話が飛び出て、陽一は思わずを口にしてしまった。
…案外ヘテロじゃないって、何、そゆこと?
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