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「はぁ?クリスマス?」
「そうそう」
同居人、|依田《よだ》|紅葉《こうよう》は突如そう言った。
「いや、え?」
「クリスマスだよ。丁度23日に東京公演終わるから」
この同居人は今年の夏くらいから急速にカタカナ英語を覚えたのだ。
以前の依田ならクリスマスなんて単語は「大掃除序盤開始記念のお祭り」だった。
「でもさぁ、性なる夜とか言うならさぁ。
俺は部屋が綺麗になった28日にしたいよ」
とか本気でほざいていたのだ、去年まで。
流石にそれは嘘臭いだろうと思ったが、3年も共に暮らしてみれば「マジだこいつ」に至るわけで。
そんなズレたの同居人から突如聞かされる「クリスマス」という単語、さらに、
「プレゼント何が欲しいの亀ちゃん」
|鞭《むち》?とか聞いてくるのに正直動揺と言うか唖然としてしまったのだ。
「だから、毎年ながらあたしは仕事なの掻き入れ時なの。皆あたしの愛の鞭を待ってるの。今年は「サンタがトナカイを調教します」なの」
「うわぁ、なにそれ」
淀んでるSMー、とか心底げっそりした様子で猫背をさらに丸める大男にもわりかし慣れた。言うてお前の三味線での称号は「芸道の鬼」だろ。それと大差ないやん。
「大丈夫だよ案外痛くないからあれ」
「でもお客さん超悶えてるじゃん」
「パフォだよパフォ。ああいうお客さんは地味に空気読めるの、依田と違って」
「ぱふぉ?」
あぁ、そうだったよ。
「パフォーマンス!演出!」
「あぁ、演出かぁ…」
なんなんだこいつ。
ホントにどうやって生きてきたの。古典芸能って皆そうなの?
いや違う、こいつがおかしいんだ。
「パフェ、ねぇ…」
珍しく何かとても思慮深い顔で言う依田、しかし、
「ぱふぉ!ふに小さいお!」
間違ってるよ、単語!
しかし考え込んだら止まらない。依田は人の話は聞こえないらしく「パフェ、パフェ、」と独り言をずーっとぶつぶつ言い出した。
「もういい!早く出勤しなさい!」
これが、20日のことだった。
それから夕方近くにSMバー、「violet」に出勤し、本日からの企画により、あたしは本日のトナカイ(仕事帰りの元気なおっさん方)を調教しまくった。プレゼントをたくさんもらった。やはり繁盛するらしい。
夜中にタクシーで自宅に帰った。
そう言えば、今年は恋人がいないな。
いや、ある意味いっぱいいるんだけど、ちゃんとした交際相手がいないな。
去年のクリスマスは、今年引退してしまったが店No.1のマリーさんと付き合っていたので、なんだかんだ店を閉めたあとに濃厚な一夜を過ごし、二人でまた出勤だった。
前の年は、なんかそっち系で出会った女の子と寝ずに飲んだ。
依田と出会った年のクリスマスには、確かバンドでクリスマス会をした。
今年は確かに、唯一、プライベートな予定がないクリスマスだ。
大体クリスマスの予定ってなんだかんだで入れようとしちゃったりするお年頃な私だが。なんだか、寂しいもんだなクリスマス。
『サンタなんていないわよ』
昔母親にはそう言って育てられた。
だからこの時期に、若い男の上で裸で跨がって『あたしだけのサンタさん』なんて言っていた母親の意味が良くわからなかった。
引き取られた際に、『お母さんお父さんのことは忘れなさい』と叔母に言われて漸く、家は普通じゃなかったのかと気が付き、それから始まったあたしの、世間一般家庭のような生活。お陰でちゃんとした風習を得た。
形として貰ったものは確かに嬉しかった。
しかしそれからグレて叔母の家に帰らなくなり、学校にも行かずにバイトして溜めた15万くらいの、ニルヴァーナのクリスが使っていたギブソンRDを自分へのご褒美クリスマスとして買って、それからずっと使っていたけど。
しばらくいじってないなぁ、RD。また弾きたいなぁ、ベース。
帰宅すれば依田は寝ているらしく、いつも付けといてくれる玄関の電気以外が真っ暗だった。
キッチンに行けばいつも通り、依田が作っておいてくれた親子丼がラップされてシンクに置いてあった。
少し前。依田と出会う前よりはまともに人間らしく、これでもあたしは生きている。来月は依田は大阪公演でいないけど、その為初っぱなも一人で迎えるけど。
なんだかんだそんな年、久しぶりだな。
ぼんやり考えながらベランダに言ってタバコを吸う。リビングを通れば依田はスエット姿でソファに寝ていた。
一人の時間はわりと多い。依田は1年で4ヶ月ほどしか東京にはいない。
そう考えたら今年のクリスマスは、出会ってから、一緒に住んで漸く1年くらいなのか。意外と一緒にいないなぁ。
「亀ちゃん、」
どうやら起こしたらしい。
よりボサボサになった頭で窓に凭れて「お帰り」と笑った。
「…ただいま」
それから依田はあたしの隣にしゃがみ、「ふぁ〜、」と欠伸をしてから言う。
「クリスマス、考えた?」
「は?」
「俺的には亀ちゃん、やっぱり長ズボンを買うべきだと」
「持ってるよ」
「何で履かないの?」
寒くないの?と聞かれたので、
「暖かパンストですから」
と答えれば、やっぱり依田は疑問顔だ。
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