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 観覧車の入場券を買って3人で、赤色のやつに乗った。
 東京は静かにゆっくり離れ、空は近付いていく。

「環」

 そしてこれはクリスマスコンプリートのアイテム。

「はい?」

 向かいの、東京側に座った伊緒は、なんとなく景色を見た方が良さそうだと視線を外へ持っていく。しかし気になってはしまう。横目で見た流星は。
 ピーコートのポケットを漁っている。タバコを取り出すくらい自然に何かを取り出したかと思えばそれは。
 質素なシルバーチェーンの首飾りというかネックレス。その先にあった、シルバーの、簡素なリング。

「持ってて」

 はにかむ流星は俯いた。

「え…」

 息を呑むような、小さな声。

「これなら、嵌めなくても持っていられるんじゃないかなって、思って…」

 ちょっとちょっとちょっと。

「俺は…」

 しかし言葉を。
失う言葉を必死に集めようとしている流星には哀愁と覚悟があるようだった。

「もしも俺に何かあったら、いつでもこれはしまえるから、だから、」

 あぁもう。

「…流星さん」
「あぁ、ダメだ…」

 そう言って少し仰いだ流星は微笑んだ。

「俺は君を忘れたくない、失くしたくないから」
「…はい、」
「…だから、そう…。
 一緒に居れるところまでは、居たいんです。君と、一緒に」
「いますよ」

ダメだ。
もうすぐ我慢が出来ないかもしれない。
私は貴方を、けれど貴方に。

「…え?」
「…なくなりませんから」

 ダメだ、泣いてしまう。

 一筋涙を流した環を見て。
 どうしようもない感情が吐露しそうになる。震える手は行き場をなくしそうで、彼女の涙を拭う。それが全部、全部が全部、優しさなんだと。一周回って最早器用だと、その手を重ねて頬にすり当てた。

 その瞬間、痛いような優しいような、だけど求めていた少しきつい抱擁があった。髪を撫でるその指や、感じる暖かさ。あぁ、なんだと言うんだ。もう一言しか胸にはないけど。

「環、」

 苦しいような、求めるような、優しいようなその低い彼の声がゆったり切迫している。このまま止まればいいのにな。私は貴方を、ずっと、あの病室でも、最近では家でも、ずっとずっと待っているんだから。

「貴方は、私の」

ヒーローだから。人生を全て変えてくれた。あの血塗れだった人生に、スケッチブックをくれた。
忘れられるわけない。

「好きです」

 その言葉は至ってシンプルに環の脳に色を塗る。
 夢のような景色がいま、足元に幻想的な夜空として広がっていた。

「はっ…、」

 涙で視界がどんどん、霞んでしまった。折角観たいと、言ってくれた景色だけど。

「はい、」

 環の濡れた声が切なくて。
 体を離して顔を覗けば泣いていた。それが凄く、綺麗に見えて。

 でもやっぱり笑っていて欲しいと、流星は笑った。環はふと立ち上がり、涙をコートの袖で拭いながら言った。

「それ…、」

 そう言って首を指差した。
 流星は従い、立ち上がってゆっくり、首筋に手を伸ばして首飾りをつけ、髪を撫でるように後ろに靡かせた。

「…綺麗ですか?」
「とても…」

 自分まで泣きそうになってしまった。

 ふと、息遣いを感じて振り返れば、伊緒が殺しきれていない息で泣きながら夜景を見ていた。

「伊緒…」
「めちゃくちゃ綺麗だ…。夜空を敷いたってわかるわぁ、」
「伊緒くん、凄く泣いてる」
「だって綺麗なんだもん、二人も観たらいいですよぅ」

 ぐずぐずだ。

 それから3人で肩を寄せ合いながら夜景を観た。キラキラした夜の街は、自然で人工的な夜空のようで、綺麗だった。

「伊緒」
「なんですかぁ」
「一緒にいてくれてありがとう」
「ありがとう伊緒くん」
「ううぅ、よかった、こちらこそですよぅ…」

観れてよかった。
いれてよかった。
幸せだと、共有できてよかった。


 そして次の日。

「それでは行ってきます。明後日には帰りますので」

 朝早く、伊緒は準備を済ませ、政宗の家に泊まりに行くことになった。

 朝はそれでもニュースを流す。どうやらよくわからない財閥が破産し、資金が後ろ黒い経路で流用されていたらしい。わりと、有名な財閥らしい。全然クリスマスに合わないような内容だった。それから、天皇の誕生日と、日本は本日から忙しいようだ。

「あいつも寂しいだろうから、まずは家の片付けをしてやってくれ」
「そうですね。
でも…。お二人は今日は、どちらへ?」
「ああ…」

 台所で、コーヒーをいれる環を振り返る。起きたばかりでぼーっとしているようだ。

「今日は海にドライブだって。行ってみたいんだってよ」
「そうですか」
「それからきっとのんびりしてるよ」
「まぁ、旅にはお気をつけて。
 環さーん!行ってきまーす!」

 キッチンに伊緒が声を掛けると、環はふにゃっと笑って手を振った。

 そのまま流星は伊緒を見送り、リビングに戻る。ソファに座ると、コーヒーをいれた環が隣に座る。

「ありがとう」
「はい」

 一口飲んでみた。
 恐ろしいほど濃くて噎せてしまった。

 それに環はビックリして、「大丈夫ですか!?」と背中を擦ってくれるけど。

「んん…だ、大丈夫。変なとこ入った」

 嘘を吐く。
 環も怪訝な顔で飲んでみて、「おえっ」と思わず|嘔吐《えづ》いていた。

「あー、大丈夫?」

 今度は流星が環を擦り。
落ち着いた頃に二人目が合うと、

「ふっ、」

どちらともなく笑い出してしまった。

「さて、目も覚めたし準備して行こうか」
「はい、そうですね」

 濃いコーヒーは取り敢えずお湯割りにして飲みきり、二人はデートの準備を始めたのだった。

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