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 やっぱり。
 流星はケータイを取り出した。そして、電話を掛ける。

『もしもし?』

 少し小さな、電話越しでも落ち着くような、ゆったりとした高くも低くもない声。

「環…」

 思わず、にやけてしまった。
 こちらが気を遣って環の退院以来、買い与えたはいいがメール機能以外を使わなかった彼女のケータイ。初めてこうして電話をしてみて、そうかと。

 なんだか電波と言うのはすぐに伝わるけど、やはりなんとなく音声を、変える。やはり、すぐ、聞きたい。
 彼女の生の声を。いつも聴いている聞き慣れた、耳を自然に滑る落ち着いた声を。

「…もう少しで着くんだ。あと…10分、いや、8分たったら、暖かい格好をして、降りておいで」
「それって大して変わらないんじゃ…」

 もう伊緒の一言は、流星には聞こえていない。想いはもうすぐそこ。なんて言おう。行きたいところがある、観たいものがある。やっぱり3人で観たいんだ、でも、それでも、来て欲しいとか…

『わかりました。5分で出ます』
「おっ…」

マジか。
自分以上に。

「はい、はい。きっと信号に掛からなければ」
『凍える前に来ていただければいくらでも待ちます。でも、早く…帰ってきてくださいね』

 なんということでしょう。

「はい、」
『安全第一で』
「はい」

 電話をふと切った。
 間を取った後に笑ってしまった。

「気が短いなぁ、案外」
「あんたが言いますか、それ」
「うん。最短精神が言うわ」

 けど気持ちがわかった。

「これってでも…。わりと勢いと勇気の狭間なんだな」
「…ひとつ知れました?」
「うん。いまはでも、」

 嬉しくて仕方がない。とてもワクワクして、どうしたと言うんだろう。

「叫んでいいかな」
「ダメです。タバコ吸ってください。
 でもいいんですか、二人のデートは?」
「いい。今は。俺はだって、三人で今観たいんだ」

 あのときどんな気持ちだったんだろう、あんたは。

 別に俺は恋人でもない、ただただ厄介になっていただけの、あんたがベトナムで拾われてきた子供だったんですが。
 そういえばあんたは電話で人を呼び出すときはいつも突然で、こちらが応じた時は、だからあの時とか、人が下まで降りて行ったら嬉しそうだったのか。
 本当は、こんな気持ちだったのかな。今はもう、わからないけど。

「それにしても電話ってのはやっぱ業務用だな。なかなかこう、言いたいことの要点以外が伝わらない」
「会って伝えろということです。あんたみたいな人は」

 なるほど。
だから会ったときあんなに話せるのか。

 さて何を話そうか、どうやって誘おうか。色々考えているうちにマンションの前のエントランスから環が出て来て。

 車を停めて速攻で外に出ると、確認した環がゆったりと微笑んだ。彼女の薄いベージュのダッフルコートが、白いマフラーが、ふわりと舞う黒くて長い髪が。

 あぁ、なんて。

「…行こう」

 見惚れてしまった。自分のなかで何か、刻が止まったような、そんな感覚と感性。世界が鮮やかに色褪せる。

 混沌と言う感情が言葉を未開封のままを全て浚ってしまったよう。結局話せないかもしれないけれど取り敢えずぎこちなく環を車に促すと、伊緒はいつの間にか後部座席に移動していた。助手席に座る彼女は、「外は寒いですねぇ」と言った。

 退院以来の外出。あっさりと応じてくれた。たったこれだけの事情が何故こんなにも、体を暖めてくれるのだろう。

「いきなりごめんね」
「いえ。三人でおでかけだなんて、一体…」

 我慢できなくなってしまって。
 それでも押さえた結果、流星は環の頭を撫でた。

「…ありがとう、急に」

 最早感極まりすぎてなんかよくわかんなくて泣きそうになってきたので、早々に手を離して運転を開始した。夜に代わる夕方へ、いつもより高揚した街並みを滑っていく。

 つくまでにCDは切り替わり、アヴリルの日本デビューのアルバムに切り替わる。いつこんなものをセッティングしていたのか。留学時代に聞いていた。

 これはどんな曲?なんて聞いてくる環がとても愛しい。

「私が絶対に言わない言葉という意味のタイトルだよ」


If I could say what I want to say
I'd say I wanna blow you... away
Be with you every night
Am I squeezing you too tight


 まさしく今の自分である。今彼女と自分は、そう。

「さて…」

 アヴリルは消え去るまえに、目的地は見えてきた。近くなるごとに、光は大きくなってゆき。

 車を停めて、3人で外に出た。冬の寒さと、暗くなり金星だけが光を放つ夜空と。

「うわぁ…」
「やっぱ…」

 すげぇ。

 言葉を飲み込む大きな、円と、その先にいくつか繋がる丸。赤、青、緑、黄色、ピンクと様々なライトでそれは照らされ、空に、まるで浮いているかのように見えて、ゆっくり確かに廻っていた。

「綺麗…流星群みたい」

 あぁ、そうか。
 彼女の眼には、白い光に見えるのか。でもそれはそれで。

「え?」
「そっか。流星群って、こんな感じなんだ」

 事情がわからぬ伊緒も、なんとなくは察した。
 ここはきっと、二人だけの世界。歪だけど、共有できた世界。
 なんて寂しくて、それでいて美しい。

「あれ乗ろうよ」

 流星が、まるで子供のような笑顔で言う。

「もっと綺麗なんだ。空の絨毯みたいな街が、見えたんだ」

 そうなのか。

「それは素敵ですね」
「俺も?」
「なに言ってんだよ、3人で観よう、観たいんだよ」

 その無邪気な一言に。

「はい」
「是非」

 二人は、先を行く流星について行った。大きな円は、近くなり骨組みまでも、人工的で綺麗だった。

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